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2019年07月20日08:09

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蟻の街の子供たち 北原怜子(きたはらさとこ)−69

聖母文庫 聖母の騎士社刊

私は、なんとかして、蟻の街の人々に迷惑をかけずにその六千円を三日間で作る方法はないものかと考えこんでいると、突然、私の父の古い知り合いの方で、両国の方で、乳製品の工場を経営している方から、
「もし、お嬢さんのお仕事のお役に立つなら私のところにある空缶を差し上げたい」
 という電話がかかって来ました。
「で、どの位ございますでしょうか。」
「そうですね。大八車で、二、三台かな、まあ、その辺の見当です」
「じゃ、今すぐお邪魔します」
「いや、今すぐではちょっと困るのです。まだ工場内がごたついていますからね。門を閉める頃いらして下さると都合がいいんですが・・・」
「門限は何時でございますの」
「十時です。十時頃いらして下さい、主任に話しておきますから・・・」
 私はお夕飯を頂くと早々に「蟻の街」へ飛んで行き、会長さんにお願いして、車を三台借り受け、子供たちを総動員して出発しました。その当時の風呂番で、せむしで小男の安さんも、
「先生独りじゃ大変です。私もついて行きましょう」と、私を見上げました。
「じゃ、私も手伝いましょう」
 と、母までが言い出しました。結局、安さんと母、私を加えて、大人三人が三台の車について、出発しました。実は、両国付近の地理をあまりよく知らない私は、ほっと一安心したのでした。
 その工場の門に着いたのは九時四十分頃でした。主任さんがちゃんと待っていて下さいました。私たちは三台の車を門内に引き入れて、倉庫の前へ行きました。見ると、箱に詰まった空缶が山のようになっていました。
「これ全部頂けるのですか」
 と、思わず主任さんの顔を見ました。
「そうです、どうぞ、早くやって下さい」
 と、主任さんは言いました。
 私たちは歓声をあげて早速、空缶を移し始めました。箱ごと乗せようとしましたが、思うようにうまく入りませんので、ガラガラと車の中へ空缶をぶちあけ始めました。この突然起こった騒音に、まだ工場に残っていた人たちが、何事かと飛び出して来ました。ガラガラガラガラ、三台の車に積みこまれる空缶のあげる音響が、絶え間なくつづきました。ふと、主任さんの顔を見ると、明らかに迷惑そうな様子がにじんでいます。
 たちまち、三台の車は一杯になってしまいました。でも、空缶はまだ、倉庫の前に、山と残っていました。
「こりゃ、とても一度じゃ運びきれん」
 と、せむしの安さんは嬉しい悲鳴をあげています。

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