聖母文庫 聖母の騎士社刊
もう一人、私の苦手は、今井さんの赤ん坊です。今井さんは、足元が中国の纏足(てんそく)をした婦人のように小さくて指がないも同然だったので、夏でも靴下をはいたままで、人前では絶対に足を見せない人なので、この人も、赤ん坊を私の手に渡すと、そのまま部屋へ帰ってしまうのです。私の姉のところには、小さな子が三人もおりましたから、一応の理屈だけは、見よう見まねで知っておりましたが、この赤ん坊が、勇ちゃんとは正反対に、何があっても泣かない子なので、万一耳に水が入っても黙っているのではないかと余計な心配をしました。
三時頃になると、学校から帰ってきた五年生、六年生の上級生が入って来ます。もうその頃になると、私は蒸気にむされて汗だくだくになってしまいます。吉ちゃんは、いつも足におできを作っていて、湯船の中に入ることができません。源ちゃんは、真っ黒のくせに、
「いいよ、いいよ」と言って、なかなか背中を洗わせません。いやがる首すじをおさえつけて、ごしごし洗うのには、いつも骨を折りました。
浴場では、歌を歌ってはいけないことになっているのに、静夫ちゃんはすぐ歌い始めます。
月が出た、出た、
あんまり煙突が、高いので、
と一人でやりだすと、吉ちゃんたちがすぐ付和雷同します。いくら叱っても聞かないので、私は、しゃくにさわって、ホースの水を一せいに浴びせかけてやりました。
子供たちはびっくりしてしまって、それ以来浴場で歌を歌わなくなりました。
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