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2019年07月03日07:05

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蟻の街の子供たち 北原怜子(きたはらさとこ)−56

聖母文庫 聖母の騎士社刊

 ゼノ様と、私と、松居先生の三人が、この手紙を持って、大司教様のところへ、ご挨拶にうかがいました。昔、百歩長がイエズス様に向かって、「自分は卑しいもので、イエズス様を我が家にお迎えする価値はありませんが、せめて一言、お言葉だけでも頂きたい」とお願いした時のような意気ごみで、お玄関まで参ったのでしたが、この日はあいにく大司教様のご都合が悪く、お目にかかるどころか、お取り次ぎを願うこともできませんでした。子供たちから、かけられた期待があんまり大きかったので、その日のゼノ様のしょげようといったらありませんでした。
「シカタナイデス。コレモ天主様ノ思召シデス。イツカ、子供タチノ願イカナウヨウ、マリア様ニオ祈リシマショウ」
 ゼノ様は、力ない足どりで、関口教会のお庭の隅にあるルルドのマリア様の岩屋の前に跪いて、いつか必ず、今日の願いがかなうようにと、長い長いロザリオのお祈りをなさいました。

 それから、間もなく、それは聖ペトロ、聖パウロ両教徒の祝日の日でした。蟻の会の子供たちは自分たちの教会の姿をせめて絵でなりと見て頂きたいと、幼稚な筆で描いた「蟻の街の全景」を持って関口教会へ押しかけました。
 その日は、大司教様の霊名の祝日にあたるので、日本中の偉い神父様ばかりが集まっておいでになりました。薄ぎたないボロ服をまとった「蟻の街」の子供たち、未信者の松居先生、平信者にすぎない私、そして一労働修道士のゼノ様、このみすぼらしい一群は、先日の例もあるので、どなたを通じて、お祝いの絵を差し上げていいやら、見当がつかず、肩身のせまい思いで、お庭の片隅にたたずんでおりました。
 それを浅草教会の千葉神父様がお見つけになり、私たちの「絵」をすぐ大司教様のお手元にとどけて下さいました。すると大司教様は、ただちにお玄関に出て来られて「蟻の街」の子供たちのために、心から祝福して下さいました。
(何十人という、内外の有名な神父様方が目をみはって驚いておいでになる真ん中で・・・)この日の僅か数分間の出来事が、どんなに子供たちに強い信念を与えたかは、改めて申し上げるまでもないと思います。
 蟻の街の子供たちは、その日以来、ますます大司教様を、太陽のように仰ぎ、おしたい申し上げるようになりました。いつの日か大司教様が、「蟻の街」の教会で御ミサをあげて下さることを夢見ながら、それにふさわしい立派な「蟻の街」になろうと努力しております。

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