mixiユーザー(id:1762426)

2019年06月19日06:07

166 view

蟻の街の子供たち 北原怜子(きたはらさとこ)−43

聖母文庫 聖母の騎士社刊

 ずっと後のことですが、源ちゃんと親しくなってから、
「源ちゃんの好きなものは何?」
 と、冗談に尋ねたことがあります。
「パンとうどん」
「おかずは?」
「あさりのみそしる。僕、魚も肉も嫌いなんだもの。でも、さんまといわしだけは、食べるよ」
 と言ったことがあります。その後で、
「源ちゃん、お母さんいたほうがいいでしょう」
「そりゃ、いたほうがいいよ。第一、働いてくれるもの。飯も、洗濯も、僕がしなくてもすむもの・・・」
 源ちゃんにとって、母は愛情の対象ではなく、労働力の問題らしいのです。
 こういう社会では、愛情というものが、どれほど無視されているかを、私は「蟻の街」に来て初めて、身にしみて知らされたのでした。
 源ちゃんは、初めの頃はほんとに笑い顔ひとつ見せない不機嫌な子供でした。越して来たばかりで、みんなになじまなかったせいもあるでしょうが、その後、見ていますと、何か気に入った時には、その時浮かんだ考えをぺらぺらと早口で誰にともなくしゃべり、その後で、まるで今何も言わなかったように、むつっとソッポを向いているのです。これも親ゆずりだと分かりましたが、あの討論会の日も、無理に呼んで来て、私たちの会合に坐らせた程でした。そして、私はみんなになじませようと思いましたので、源ちゃんに司会をやらせたのです。そうして、
「源ちゃんは?」
 と、私は誘いかけてみました。源ちゃんはちらっと私の方を見ましたが、やがて、「僕は新聞・・・」と、ぼそっと言ってそっぽを向きました。討論会には、なおも次から次へと意見が飛び出しました。私はひとりで十五、六人の子供たちが真剣な面持ちで、自分の意見を述べる表情のなかに、明るい光明を感じないではおられませんでした。結局

一、新聞部 編集長 宮坂源一君。毎週日曜に「聖母の蟻」を発行
二、図書部 ゼノ様よりいただいた図書約六十冊、表紙もかかり皆様の愛読をおまちしております。部長 岡田守男君
三、音楽部 ソロバン、玩具、おなべのふたの楽団に、やはりゼノ様のお陰で鉄琴二つ、笛二つが増え、初歩より一歩一歩とのばし、行末は大楽団及びコーラスを作る希望。吉田恵子部長も毎日玩具のピアノや鉄琴に余念がない。
四、書道部
五、工芸部 趣味以上にみんな真剣
六、家庭部 つくろい、洗濯、仕立て、すべて自分たちの手でできるように今から勉強(ご用があったらどうぞ)ー新聞「聖母の蟻」よりー

 といったふうな研究部が作られ、その他にも、ちょっとおくれて、科学部、英語部(高学年の子供たちで英語の劇などをやったこともある)、体育部(主として野球など)、九つのグループが決められました。こういう部活動は大して実となるものではなかったのですが、小さい子供にもちゃんと責任を持たせるようにし、特に、その部の責任者には部員の集まりが悪いことのないようにしました。自然と部長になったものは、毎日、自分の部員を呼び集めて来るようになったものですから、みんなよく団結して、活発な部活動をつづけることができました。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する