(文春オンライン 2018年5月)
このほか、中国との国境近くに住む3人と通話した。刑務所から出てきたばかりという46歳の男性(9)は、「アメリカの核の脅威を受けているのだから、核開発は当然だ。アメリカは昔から『攻撃する』と言っているが、いままでできずにいるのだから、怖くない」と言った。
餅を作って市場で売っているという61歳の女性(10)に、金正男氏暗殺について訊くと、「うわさは聞いたけど、公表していないから人民は知りませんよ。(金一族の)子供が何人か、奥さんが何人か、まったく知りません。誰が兄で誰が弟なのか、私たちはよくわからないのよ」との答えだった。
北朝鮮市民の6割が暖房に使っているという練炭を作って売る50歳の女性(11)に「欲しい物は何か」と尋ねると「世界情勢を知るにはラジオが必要です」と答えたので驚いた。食べ物や生活用品よりもラジオとは。それだけ、外の世界のニュースに飢えているのだろう。
チョッパリの奴ら!
次いで、首都・平壌に住む3人の話を紹介する。韓国から直接電話はかけられないため、中朝国境の知人を経由して取材する形を取った。
(12)イ・ソンホ(38歳・男性)
中朝国境近くに住む男性に質問事項を託し、平壌在住の同郷の後輩イ氏に電話をかけて録音してもらった。イ氏はこの時点では、日本の雑誌の取材であることを知らない。
──最近どうしてる?
「食べて生きていくのに辛くて。去年より大変ですよ」
──平壌はいいほうじゃないの?
「そう思うなら、(平壌に)上がってきてください。ガソリンが値上がりしてタクシー代も上がったから、みんなバイクを買いたがっています。でもナンバーを取るのに、1000ドルかかります」
──核実験やミサイル発射を引き続き行っているけど、ミサイルが日本上空を通過したのも知っているよな。日本といえば、思い浮かぶものは?
「急に何をそんな、保衛部が尋問するように。ハハハ」
──地方では、平壌の人たちがどう考えているかわからないからね。
「チョッパリ(日本人の蔑称)の奴ら! すっきりしたじゃないですか。だけど、こんなことを続けないでほしい。人民班からしょっちゅう講堂に集められて討論や総括をしたり、正直言って飽きるじゃないですか。もう静かになったらいいな。戦争をするなら早くすればいいし」
──トランプ大統領をどう思う?
「荒れ狂ってる印象ですね。でも誰がアメリカの大統領か、平壌でも知らない人は多いですよ」
──金正恩将軍様について、平壌の人たちはどう思うの?
「え! どうして急に、金正恩将軍様について聞いてくるんですか。お兄さん、どうした急に。電話でこんなことを聞く?」
──平壌は、核心(中枢)階層じゃない? 地方の考えと平壌の考えがどう違うのかわからなくて。金日成首領、金正日将軍、金正恩同志を比較したら……。
「(少しいらついた声で)お兄さん、これ盗聴されるよ」
──だから、早く言ってくれよ。
「(小さな声で)狂った野郎! 狂った奴! もうやめましょう」
──兄の金正男氏が殺害されたのを知っているか?
「党の新聞を読むと、南朝鮮が捏造した事件を北朝鮮がやったように転嫁した、と書いてある。一方で、本当は我が国(の工作員)が出て行って暗殺したといううわさも流れていますよ。聞かれるから答えたけど、お兄さんはまさか保衛部のスパイじゃないでしょうね?」
率直な声を聞いた後、先輩から取材の旨を説明してもらった。
これ、盗聴されてない?
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