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2019年04月06日08:30

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閔妃(ミンピ)暗殺(朝鮮王朝末期の国母)角田房子著 新潮文庫ー25

(※は本文より転載)

 閔妃は小柄で、華奢(きゃしゃ)な体つきであったと伝えられている。満十四歳で王妃冊封の式典にのぞんだ彼女は、か細い首をまっすぐに伸ばして、かつらの重さによく耐えた。聡明で勝気なこの少女は、王妃として非の打ちどころのない態度であらねばと、体が震えるほどに緊張していた。濃い化粧をほどかされた顔は人形のように美しいが、肩と胸もまだ肉づきは薄い。
 王位について三年目の高宗は、王宮の儀式に馴れていた。しかしこの日の大礼服はいつもの礼服より重々しく、頭にのせた長方形のミョン旋冠(リュグワン)の前後には玉をつらねた数条の飾りが垂れ下がり、それを支える帽の赤紫色の紐(ひも)があごの下で固く結ばれていて、うかつに首を動かすことも出来ない。
 王はこの日から彼の王妃となる女性にはほとんど無関心し、ただ儀式の進行に身をゆだねていた。まだ少年である王は女性に関心がなかった、というわけではない。彼の私生活は、美女ぞろいの宮女たちによって華やかにいろどられていた。王は女性の美に関心もあり、彼女たちとたわむれる楽しさも知っているのだが、この時の閔妃はまだ固い莟(つぼみ)の状態で、花弁の色さえのぞかせてはいなかった。そして王は、その莟が開いた時のあでやかさを想像するには余りに若かった。
 王妃冊封の式典は無事終ったが、翌日からさらに三日間、別宮で迎親礼が行われた。十四歳の新王妃にとって、この四日間は緊張の連続であったろう。心の支えとなってくれる両親も、兄、姉もない彼女は、生活の激変による重圧を我が身一つに受け止めて耐えるほかなかった。祝宴は夜おそくまで続き、朝は早くからまた結髪、化粧、着つけが始まる。おそらく睡眠の時間も乏しく、心身ともに疲労の極に達していると思われるが、彼女は”立派な王妃”であるための条件のすべてを満たそうと見事にふるまった。しとやかな中にも、生まれながらの王族の一員であるような気品を具(そな)えた態度は人々の心を打ったが、しかしこの健気(けなげ)な努力も王の胸には響かなかった。これもまた、王はあまりに若かった、というほかない。


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