樹氷にしてねと、あの娘(こ)は言った。
言ったのは茜ちゃん。柔侠伝シリーズのヒロインだ。
週刊漫画アクション連載。 一見古いようで、ここまで古くさいテーマを古っぽい画とストーリーに徹して描かれるとかえって新しいという漫画だった。
NHKのドキュメンタリーによると、アクション創刊の編集長はそれまでの漫画になかった感覚を二人の若者に見出した。
で、わけのわからない洋風のペンネームを二人に付けて、ニューウェイブの雑誌の二枚看板にした。 モンキー・パンチとバロン吉元。
モンキー・パンチはルパン三世を描き、バロン吉元は柔侠伝シリーズを描いた。
1969年に連載を終えたルパン三世のその後はご存じの通り。
一方、70年に連載を開始した柔侠伝シリーズも漫画好きの若者の間でじわじわと人気があがり
中でも茜ちゃんには熱心なファンがついた。
で、僕も70年代の若者だったのでその一人になったわけだ。
なので、学生時代にサントリーのCMを見て、うっはあ、いいキャラ持ってくるなあということで、下宿で樹氷を愛飲するようになった。
いわゆる甲種のスピリッツなので安い。親のすねかじりのセイガクには似合いの一本だったのでね。
で、いつだったかMIXI日記にそういうことを書いて、CMソングのYouTubeを貼って。 唄ってるのはチェリッシュとしたら。
とあるマイミクさんに柔らかく指摘された。それはいしだあゆみだよ。
言われてみると、このうら寂しいヴォーカルはチェリッシュのもんではない。
で、チェックしてみたら、CMソングは2種類あって、僕が日記に貼ったYouTubeはいしだあゆみヴァージョンの方だった。
今、YouTubeをチェックしたら、もはやそのCM映像は見当たらなくなっちゃってるんだけどね。
で、こないだそのことを久々に思い出した。
先日、ウオッカに関するネタを集めて日記をアップしたときのことだ。
そこで僕はジェイムズ・ボンドやら競走馬やらに関する蘊蓄を傾けつつ
自分は渡哲也のカゴメトマトジュースCMに感化されてブラッデイー・マリーはよく呑んだ時期があったけど
ウオッカのストレートやロックには縁がなかったと書いた。
そこにいしだあゆみのとあるマイミクさんがコメントをくれた。
その人は樹氷のことに触れるような野暮はしなかったけど、僕がハッと思い出した。
縁がないどころではなかった。かつてあれだけしょっちゅう呑んでいたマイルド・ウオッカがあったと。
そのマイミクさんは鈴木清順に造詣がある。 僕はない。
なにしろ清順初体験は学生の頃名画座で見た「ツィゴイネルワイゼン」だったんでね。
なんだかよくわからん。ああいうのはキライだ
しかしそうは言っても、親しくしてもらっているマイミクさんのイチオシの監督ということで、僕は彼に鈴木清順のゲイジュツっぽくない映画を四つは見ると申し入れた。
見たい順に「殺しの烙印」、「東京流れ者」、「関東無宿」、「けんかえれじー」
このうち、「関東無宿」は3年前に見た。 そのマイミクさんがネットに落ちてるのを見つけて日記で教えてくれたもんだからさ。 ミネルヴァ男がすたるってもんだった。
で、見たら惹かれた。
ストーリーは破たんしている。しかし、印象的な場面、場面を叩きつけてくる。
こいつあ、映画の文法を無視した掟破りの関東無宿だぜ
だった。
「殺しの烙印」を見たい一番にあげた理由は簡単だ。
続編の「ピストルオペラ」を渋谷の映画小屋(みたいなちっさな館)で見たら、殺し屋がランキングをかけて殺し合うマンガ的な設定もありでけっこう面白かったこともあるけど
なんといっても、真理アンヌだ。
昭和のいっとき流行ったあこがれの一群のひとり。
大きなアーモンド目、黒髪ロングヘアー額真ん中分けのミニスカで色っぽいおねえさん方
の系列だ。
それなのに僕は真理アンヌ嬢は子供向けのテレビ番組「ワイルド7」しか見たことがない。 同じアーモンドアイ系列でも、お色気アクション炸裂のプレイガールで雄姿を拝んだ范文雀とはえらい違いだったのだ。
「けんかえれじー」はまあ、そんなにあれだったんだけど。 強く推されたので。
素手ごろのシーンが半端ないらしいしね。
で、「東京流れ者」だけど。
この一作はかねてから見てみたいと思っていた。なぜならカラオケの持ち歌なので。
リアルタイムでは知らなかったのに好きになった昔の昭和の流行り唄の双璧なんだよ。
それも、なんとかいう女の人の元歌でなくて、渡哲也のバージョンだ。
ちなみに双璧のもう一つは「黒い花びら」。
そんなことで、「東京流れ者」はいつか見るリストの上の方にあげていたんだけど。
つい先日、そのマイミクさんが日記をあげてくれた。
なんでだかわからないけど、東京流れ者がYouTubeに載ってるぞお
それはミネルヴァではないか。
で、その日、土曜の晩にさっそく見たわけだ。
速攻で見たのは大正解だった。さっき、この日記を書くためにもう一度見てみるべとYouTubeを開けたらしっかり削除されていたので。
そりゃそうだ、1時間22分まるまんま貼っつけてあったんだから。著作権もへったくれもない振る舞いだもんね。
あれは一夜限りの夢、一期一会の出来事だったといえよう。
で、その一期一会はどうだったか。
僕はあちらさんの日記にこういうコメントをつけた。
押し寄せる感動の嵐❢ というわけではなかったけど、妙に後を引く奇妙な味の映画でした。
それに対するレスポンス
押し寄せる感動の嵐だったらこの作品を貶めてることになりますね。^_^
これに尽きる。
しかし、それでは実も蓋もないので自分なりの思いつきをあげてみると。
なんといっても、色使いに独特のセンスを感じた。
東京流れ者(以下、「東京者」と言う。)のオープニングは白黒の鉄路のシーン。
あれあれ、清順さん、今回はリアリスティックな線で来るのかなと思いきや
ズドンと出てくるタイトルがこれで
本編はカラーになる。 そのカラーがねえ。。 渡哲也のスーツがねえ。
空色なんだよ。 薄いブルー。
こんな色の背広を着てる奴あんまりいないぞ
のスカイブルー
まあ、着てる奴がなに着てもサマになる渡哲也だから、いいっちゃいいんだけど。
なんちゅう服のセンスだと思わざるを得なかった。
しかし、そう思ったのもつかの間のこと。
松原智恵子がいるバーみたいな得体のしれない店の場面になって、僕は膝をポンと打つことになった。
その店がアイボリー・ホワイトっていうのかな、白一色のシンプルなデザインでね。
まあ、この画像は灯の加減で黄色くなってるけど、これもラストに至ると白を強調するための清順マジックだったと思えてくる。
店には松原智恵子とバーテンしかいない。 客は皆無。 営業自粛中の東京のクラブ並み。 そこに渡哲也が入ってくる。 そうすると、哲也の空色のスーツが映えるんだよ。
白と青。 ちょうどこんな感じ。
しかも舞台は荘内に移る。 一面真っ白な雪の世界。 渡哲也はお前、それしか服を持ってないのかという相変わらずの空色スーツ。 ここでも白と青。
こりゃあ、清順さん、確信犯だなと思ったよ。
そして、渡哲也は東京に舞い戻るための一戦をやらかすときにいったん薄い茶色のスーツ姿になって、これが世間的には一番まともなコスチュームなんだけど。 それはつなぎの衣装だった。
ラストは真っ白なスーツ姿になる。
おいおい、そんなの着るのは披露宴の新郎くらいなもんだぞの真っ白け。
で、例の白いバーで決斗になるんだから。
こりゃあ、ギリシア悲劇だと思ったよ。
真っ白なパルテノン神殿で白いローブをまとった役者が演じるイメージだ。
「関東無宿」は鮮烈にして毒々しい紅。 これに対して「東京者」は爽やかな色を鮮烈にして見せる映画だと思ったね。
筋立てそのものはかなりいい加減。
なにしろ、流行り唄が先にあって、それに乗っかって作った歌謡曲映画だ。
それは古今東西ありがちな企画なんだけど。
例えば、アヴァの往年のヒット曲を今一度蘇らせたブロードウェイやハリウッドや劇団四季のこれなんかは筋立てが見事に引かれていた。
これに対して「東京者」は渡哲也が「不死鳥の哲」で、兄貴分の二谷英明が「流れ星の健」で、敵役の川地民夫が「蝮の辰」なんだから。
ほとんどマンガそのもの。
ガンプレイというか、撃ち合いにしろ、拳銃をフマキラーみたいに振り回す者たちばっかり。パン、パン
「東京者」を晩に見た同じ土曜の昼間、BSフジで放映されてたやつの録画を見たこのハリウッドものみたいなリアルな説得力はゼロ。
「ジャッカル」はブルース・ウイリスが取引の途中で掟破りに値を吊り上げてきたデブを的にして機関砲の試射をするシーンの迫力が半端じゃない。 久々に見たら、やっぱり凄かった。
それに比べると、「東京者」は銀玉鉄砲のごっこのレベルなんだけど。
それでいて魅せる。
自分にとっては鮮烈な色の連打が一番。白と青だけでなくてこんなのもある。
それとマンガみたいにあっけらかんと物語を進行させるスタイルが性に合ってる。マンガ好きだけに。
スタイルという言葉で思いついたけど。 やけに月並みな表現になるけど。
鈴木清順映画はスタイリッシュなんだよ。
現実にはありえない? 辻褄が合わない? 気障だ? いいじゃないか
そんなに真面目で重たい映画が見たいのかい? だったら見なくていいよという感じ。
そうやって、一つ一つのシーンの背景と役者の構図、色使いにこだわる。 それが清順流ってやつなんじゃないかな。
そして、スタイリッシュという言葉は世界に冠たるクールジャパン作品、要するに今どきのアニメを形容するときの常套句なんだよ。
わからない人はわからなくていいからの感じ。
あれじゃないかな、「東京者」は日活アクション映画なんだけど。
当時大量に作られまくってお客を集めまくってた東映の任侠ものの人気を無視できなかったんじゃないかな。 企画としては。 それを清順さんがひっくり返した。
男たちはスーツにピストルの一見都会のギャング風の者たちだけど、実体はおやじさん、叔父貴、兄貴のヤクザ者たち。
この有名なポスターが象徴していると思う。 渡哲也はガンよりドスの方がサマになるポーズをとっている。 でも、本編はまったく任侠的ではない。
僕は任侠ものにはアレルギーを持つ者なんだけど。
そのものずばりの「関東無宿」と中身はヤクザものの「東京者」の二つとも、東映任侠路線とはまったく違うアバンギャルドに仕立てて、任侠ギライのおいらを魅了したんだから、清順さんは凄いやつだ。
松原智恵子の使い方も凄い。
この女優さん、「関東無宿」ではいつのまにか画面から消えてしまうひでえ扱いだった。
ご本人は仕上がりを見てカンカンになったのではないかと想像する。
しかし、「東京者」では野郎ばっかりのアウトローな物語にアクセントをつける大事な役回りをふられている。
「東京者」の方が「関東無宿」より何年か後なので、監督、また無宿みたいなことしたらキレますよ
と啖呵を切ったのではないか。
その松原智恵子の役回りは「関東無宿」みたいにおやっさんの娘のようなハッキリした立場ではなくて、いつも白いバーにいる女。 ビルと一緒に譲渡される女。
そこが鳥かごみたいに思わせておくので、渡哲也を追っかけて汽車に乗ると、鳥かごから飛び出した小鳥を思わせる。
そして、ギリシア悲劇の白い空間にも白いローブをまとって登場して、渡哲也に有名なセリフを吐かせる。
ながれもんには女はいらねえんだ。
さらにダメ押しのセリフ
女と一緒じゃ歩けねえんだ
清順さんは色使いの妙を見せるためとこのラストのセリフ二連打を聞かせるために歌謡曲映画を作ったのではないか
そう思わせる 妙に後を引く奇妙な味の映画
僕にとってはそれが「東京流れ者」だったな。
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