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2020年04月01日14:04

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穂高連嶺 登山記

上高地に向けて下山を続ける。

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岩崖に架けられた高い梯子。下りた後、振り返って撮影。

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「カモシカの立場」なるビューポイントを通る。「カモシカの立場」と名付けられながら、カモシカがいないとなると、「カモシカの立場」の「立場」はどうなる?みたいな。

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先の梯子よりもさらに高い梯子が現れた。ただ、槍ヶ岳からの下りの途中にある梯子の超難所「窓」に比べれば「空中感覚」がないため、落ち着いて下りれば、特に恐いことはない。下りている最中の俺を、先に下りたA氏が下から撮ってくれた。梯子の脇には、地味に黄色い花々が咲いている。この梯子は、逆方向から(つまり登り)だと、「ここから先が穂高」、すなわち、穂高への入口を示すゲートのような存在らしい。

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水場に到着。ここら辺りはどうやら、近くの岳沢小屋のテント場になっているのか? そして、この調子で歩いて行けば15時発のバスに十分に間に合うことが見込めるため、ここで休憩とする。我々以外に山のレンジャーらしき男性が1人、休憩を取っていた。

すると、そのレンジャー氏の持っていた無線に連絡が入った。山の上の方で「73歳の男性が3mの高さを頭から滑落。頭からの出血止まらず」と。それを聞いていた我々は「えーっ?(マジか?大事故じゃないか!)」と。

そのレンジャー氏は、すぐに近くの岳沢小屋に出向き、小屋のスタッフに事態の報告をした後、現場へ向かって登りの道を進んで行った。その後、その73歳の男性はどうなったのか、報道されていない以上、大きな事故には繋がらなかったと思われるが…。やはり、高齢となり体力が低下して(しかもその自覚がない)からの登山は、細心の注意を払わらなければならないのだろう…それはこの先の俺自身のことも含めて。

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休憩を終え、先に進むと「岳沢小屋」の前を通る。そこには「岳沢」の標識もあった。

さらに樹林帯を進んでいくが…この山行終盤に来てH体調が足だか膝だかの痛みを訴え始め、速度が遅くなる。A氏と俺が先に立ち、引っ張るような形で歩を進めたが、若干、「このままだとちょっと、帰りのバスがヤバイか?」という感じになってきた。帰りのバスは、クレカ決済で支払いも済ませてある。尤も、懸念されるのは金のことより、東京までの交通手段だ。

何しろ全員、明日は仕事だ。長距離バスはその後、16時台にも一便があるが、こちらも予約で席は埋まっているはず。そうなると、公共バスと電車、特急電車を乗り継いで、この日のうちに東京に戻れるかどうか…。確実に戻るためには、何とかして15時発のバスに間に合わせるしかない。

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見晴らしの良いポイントから、山小屋らしき複数の建物の屋根が見えた。梓川の対岸にも建物があり、上高地の一部か?と思ったが、どうやら対岸には神社の奥宮などがある「明神」の様子。

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さらに進むと「風穴」なるポイントがあった。実際、この穴の前を通ると、冷気の風が吹いてきて、心地良かった。

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登山口の近くまで来ると、道はボードウォーク状態になっている。H体調の足の不調(によるバスの乗りはぐれ)が心配であったが、このボードウォークあたりまで来ると、斜度の緩い平地的な道が多いため、H体調の足にも負担がかからず、再び順調に歩けるようになっていた。

ボードウォークを抜けると、舗装道路に出た。ここまで来ると上高地の「観光」エリアに至ったも同じ。あとは上高地バスターミナルまで普通に歩けば、15時発のバスには確実に間に合う。

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見上げると、そこに「穂高連峰」の山景色があった。山座同定のための看板が設置されていて、それと照らし合わせると、中央の山稜の鞍部が「吊尾根」で、その少し左、雲に隠れた辺りに「奥穂高岳」山頂がある。吊尾根から右、ぽこっと出ていて、その先が手前の山稜の裏に隠れている、その「ぽこっ」が「前穂高岳」山頂である。

いずれも、今回の山行において、我々が今日のうちに歩いて巡った場所だ。「あの稜線を長々と移動してきたのか」と思うと、改めて感慨深いものがある。空はグレーの雲が厚くなってきたが、我々はすでに事実上、下山を果たしている。雨が降ってきたとしても、長距離バスに乗ってしまっていれば関係ない。

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14:30、上高地バスターミナルに到着。温泉にこそ入れないが、土産を買う時間の余裕もあった。思えば、上高地に来るのは今回で5回目。2回は観光(いずれもくまさんと同行)、3回は登下山口(=蝶ヶ岳、槍ヶ岳、今回の穂高連峰の3回)としてである。今後はさすがに、しばらくは次に来ることはないかな…。

3日間の合計で、活動時間24時間08分。距離27.8km。累積標高差は上り3179m、下り3181m。この2mの差はナビ精度の限界の範囲内。また、GPSを携えなかった紀美子平⇔前穂高岳山頂の分が手計算で加算しての数値である。

3日間とも天気が良くて、素晴らしさと恐さ・難しさの両方で、今までで最も印象に残る山行になった。当然に、今まで俺が登ったことのある山のどこよりも手強かった! そして、A氏は今でも「ジャンダルムや大キレットは無理」というが、「次に行くとしたら、未踏の『剱山』にしよう」と言っている。いや、実際、そっちも相当のもんだと思うけど…。

帰りの長距離バスに乗り込む。ところで、俺以外の2人は現在、それぞれの職場にて施設長クラスの管理職である。15時にバスが出発。その出発直後の車中にて、
A「帰りもグリーンバスが良かった」
俺「費用のことを考えてこうしたんだよ。事前にも伝えただろ?そん時に言ってよ」
H「いや、でも、ほら、我々は施設長クラスだから、それなりの待遇をしてもらわないと」
俺「知るかよ。だったら、最初から全部、自分で手配してよ」
A「いや、それはほら、そういうのは一般職員の仕事じゃん」
俺「知らねえよ!」
俺は山仲間には恵まれてるよ…。

すると、16時を待たずして、グレーの雲が厚かった空から大雨が降り出した。しかしながら、我々はすでにバスの車中という「濡れない安全地帯」にいる。明日の上高地の天気予報も雨らしい。なお、もう1人の前の職場の山仲間であるK氏は、彼の今の職場の山仲間と一緒に、この日の長距離夜行バスで上高地に来て、明日、焼岳(日本百名山の1つ)に登るらしい。K氏には悪いが…我々的には、下山を終えた後に雨が降るとは、この上なき「結果オーライ」である。

19:50頃、バスは新宿バスターミナルに到着。「来年は剣岳」を合言葉にメンバーは解散。家路へと着いた。

そして、後日談。

後日、K氏に会った時に聞いたところ、やはり我々が下山した翌日の上高地周辺は悪天候であったらしい。彼の今の職場のパーティで上高地には来たけれど、悪天候のため、焼岳へのピストン登山はK氏単独で行った、とのこと。

また、別件で後日に聞いたこととしては、今の俺の同僚の姉夫婦(超手練れの山ヤ夫婦)は、今回の我々とまったく同じコースを2泊2日で(1泊は夜行バスの車中泊=東京からの交通手段は我々と同じ)、北穂高山荘にてテント泊で巡ってきたらしい。凄え…。ていうか、ゆっくり寝ることもなく、ひたすら走るように移動して、そこまでして登って楽しいか? いや、山の登り方は人それぞれだし、何よりその2日だけでしか、夫婦で休みを合わせられることができなかったらしいが。

そして、母の末期癌の治療方針が決定した。根治不能で、延命治療になるのだが、3週間に1度、「ソックス治療」なる点滴を受けることになり、また、介護保険の申請をし、週2回の訪問看護と月2回の主治医の往診を受けることになった。今後は介護や付き添いを「特別ではないこと」として、俺自身の日常の中に組み込まなければならない。だから、遊びに出かけることでの「うしろめたさ」や「不謹慎ではないか?」という思いは、もう持たないことにした。これからも都合が合う限り、休みの日には山に、海に、そして旅に行くつもりだ。

母の延命治療は、2020年4月1日現在の今日も続いている。現在、コロナウィルスによる外出自粛要請中なのだが、3週間に一度の母の通院付添は「急・要」の外出だ。ただ、それ以外の休日は、俺は基本、外出はしていない。すなわち、外出自粛要請があって、雪やら雨やらが降ったのは、過去の日記を作成してネット上に上げる分には、逆にちょうど良い状況ではあった…とも言える。

いろんなことを考えようにも、考える時間も精神的余裕もなく、日常だけが足早に通り過ぎる。特に、50を控えたこの年齢になりゃ、1年が経つのは速い。てことは、俺自身の活動寿命も、実はもうそんなに長くない。ただ、まだあと少しだけは、仲間の力を借りてでも、アクティビティに挑んで行きたい、と思う。

以上です。長々と失礼しました。次回は「キリバス旅行ダイジェスト」です。たぶん。
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