二百二十九節孟子は言った。「私は今になってはじめて、人の身内を殺すことが、どんなに重大なことか分かった。もし人の父を殺したとしたら、人も亦た私の父を殺すだろうし、人の兄を殺したとしたら、
孫子言う。戦場における地形には、道が四方に通じていて、敵も味方も共に往来することができる通形、草や木の遮蔽物が多く、行けばそれに捉われて戻れない挂形、容易に進むことができず、両軍相対峙するような支形、山に挟まれた細い道が一本あるだけの隘形、
二百二十六節孟子は言った。「自分は戰の陣立てが得意だし、上手に戦いをこなすことが出来る、などと言う者がいたら、その者は大罪人である。国君が仁を好めば、天下に敵する者はいなくなる。昔殷の
二百二十三節孟子は言った。「実に不仁だなあ、梁の惠王は。仁者は愛する者に対する心を、愛しない者にまで及ぼす。不仁者は愛しない者に対する心を、愛する者にまで及ぼす。」弟子の公孫丑は尋ねた。
扁鵲(黄帝時代の名医といわれる伝説上の人、この秦越人は、それにあやかって扁鵲と呼ばれた)、勃海郡の鄭の人なり。姓は秦氏、名は越人。少き時、人の舍長(客館の長)と為る。舍の客長桑君過るに、扁鵲獨り之を奇とし、常に謹みて之を遇す。長桑君も亦た扁
二百二十一節孟子は言った。「君子は草木禽獣などの物には、大切にしかわいがるが、人間に対するような愛情の念は懐かない。民に対しては、愛情の念は懐くが、親族に対するような親しみは懐かない。親族