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2019年08月12日10:26

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『孟子』巻第十四盡心章句下 二百二十三節、二百二十四節、二百二十五節

                           二百二十三節
孟子は言った。
「実に不仁だなあ、梁の惠王は。仁者は愛する者に対する心を、愛しない者にまで及ぼす。不仁者は愛しない者に対する心を、愛する者にまで及ぼす。」
弟子の公孫丑は尋ねた。
「それはどのような事を言っておられるのですか。」
「梁の惠王は他国から土地を侵奪することを望み、その民をして骨身を戦場に無残にさらして戦わせ、しかも大敗した。そこでこれに報復しようとしたが、勝てそうにないことを恐れて、自分の愛する子弟までも駆り出し、戦いの犠牲に供してしまった。これが、愛する者に対する心を、愛しない者にまで及ぼすというのである。」

孟子曰、不仁哉、梁惠王也。仁者以其所愛、及其所不愛、不仁者以其所不愛、及其所愛。公孫丑問曰、何謂也。梁惠王以土地之故、糜爛其民而戰之、大敗。將復之、恐不能勝。故驅其所愛子弟以殉之。是之謂以其所不愛、及其所愛也。

孟子曰く、「不仁なるかな、梁の惠王や。仁者は其の愛する所を以て、其の愛せざる所に及ぼし、不仁者は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼす。」公孫丑問いて曰く、「何の謂ぞや。」「梁の惠王は土地の故を以て、其の民を糜爛して之を戰わしめ、大いに敗れたり。將に之を復せんとし、勝つこと能わざるを恐る。故に其の愛する所の子弟を驅りて、以て之に殉ぜしむ。是を之れ謂以其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼすと謂うなり。」

<語釈>
○「糜爛其民而戰之」、趙注:野に死亡し、骨肉糜爛して収めず、兵大いに敗る。

<解説>
この節の趣旨は、理解し難い所がある。趙岐の章指を紹介しておく、「政を發するに仁を施さば、一國恩を被る、戰いを好みて民を輕んずれば、災、親しむ所に及ぶ、此の魏王を著するは、人君を戒むるなり。」

                          二百二十四節
孟子は言った。
「『春秋』の書には、正義の戦いと見なされたものはない。唯だ、あれよりもこちらの方がよいと記された例はある。義戰とは善が惡を討つことで、征とは、天子が諸侯の惡、乃ち不正不義を正す為に討つことであり、対等の敵国どうしの間では、相手を征伐するということはないのである。」

孟子曰、春秋無義戰。彼善於此、則有之矣。征者上伐下也。敵國不相征也。

孟子曰く、「春秋に義戰無し。彼、此れより善きは、則ち之れ有り。征とは、上、下を伐つなり。敵國は相征せざるなり。」

<語釈>
○「春秋無義戰」、趙注:春秋の載する所の戰伐の事、王の義に應ずる者無し、彼の此の相覺わるるは、善惡有るのみ。○「征者上伐下」、朱注:征は人を正す所以なり、諸侯に罪有れば、天子討ちて之を正す。

<解説>
「征者上伐下也」とあるが、意味するところからすれば、「伐」は「討」の字にすべきである。百六十七節に、「天子は討じて伐せず、諸侯は伐して討ぜず」とあり、ここの趙注に、「討とは、上、下を討つなり、伐は、敵國相征伐するなり。」とある。趙岐の章指に云う、「春秋、亂を撥(書き立てる意)するに、時に争戰多し、事實に禮に遠し、文を以て正に反さんとす、征伐討誅、王命自りせず、故に義戰無しと曰う。」

                          二百二十五節
孟子は言った。
「『書経』に書かれていることを、全て信用するようでは、それにより過ちをおかすこともありうるので、それならむしろない方がましである。私は『書経』の武成篇からの二三節を信用するだけだ。誠に仁者であれば天下に敵する者はいない。だから至仁の武王が至不仁の紂を討伐したのだから、血の海に大きな楯が流れるほどの激しい戦いが本当にあったのだろうか。そんなことはあり得ないはずだ。」

孟子曰、盡信書、則不如無書。吾於武成、取二三策而已矣。仁人無敵於天下。以至仁伐至不仁。而何其血之流杵也。

孟子曰く、「盡く書を信ぜば、則ち書無きに如かず。吾、武成に於いて、二三策を取るのみ。仁人は天下に敵無し。至仁を以て至不仁を伐つ。而るに何ぞ其の血の杵を流さんや。」

<語釈>
○「書」、趙注:書は尚書なり。『書経』のこと。○「武成」、『書経』周書の一篇であるが、趙注に、武成は逸書の篇名なり、とあり、現在の『書経』にあるものは、偽作である。武王が紂を討伐したことを書いている。○「杵」、朱注:杵は、舂杵なり、或いは鹵楯(大きい楯)に作るなり。鹵楯説を採用する。

<解説>
『書経』だけの問題でなく、書物を読むに際しても、物事に対しても何が正しくて正しくないかを判断して、取捨選択する能力が大切である。特に現代人は何事も鵜呑みにして自分で判断する能力が乏しいように思われる。

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