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2019年08月07日10:42

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『史記』扁鵲倉公列伝

扁鵲(黄帝時代の名医といわれる伝説上の人、この秦越人は、それにあやかって扁鵲と呼ばれた)、勃海郡の鄭の人なり。姓は秦氏、名は越人。少き時、人の舍長(客館の長)と為る。舍の客長桑君過るに、扁鵲獨り之を奇とし、常に謹みて之を遇す。長桑君も亦た扁鵲の常人に非ざるを知るなり。出入すること十餘年、乃ち扁鵲を呼びて私かに坐し、里に與に語りて曰く、「我に禁方有り、年老い、公に傳與せんと欲す。泄らす毋かれ。」扁鵲曰く、「敬みて諾す。」乃ち其の懷中より藥を出だし扁鵲に予えて曰く、「是を飲むに上池の水を以てすること三十日、當に物を知るべし。」乃ち悉く其の禁方の書を取り盡く扁鵲に與え、忽然として見えず。殆ど人に非ざるなり。扁鵲、其の言を以て藥を飲むこと三十日、垣の一方の人を視見す(垣の向こう側の人を透視することが出来た)。此を以て病を視るに、盡く五藏の癥結((チョウ・ケツ、腹中にできたしこり)を見るも、特だ脈を診るを以て名と為すのみ。醫と為り、或いは齊に在り、或いは趙に在り。趙に在る者(とき)は、扁鵲と名(よぶ)ばる。晉の昭公の時に當り、諸大夫彊くして公族弱し。趙簡子、大夫と為りて、國事を專らにす。簡子疾み、五日人を知らず,大夫皆懼る。是に於て扁鵲を召す。扁鵲入りて病を視、出づ。董安于、扁鵲に問う。扁鵲曰く、「血脈は治まれり。而るを何ぞ怪しまん。昔秦の穆公嘗て此くの如きこと七日にして寤む。寤むるの日、公孫支と子輿とに告げて曰く、『我、帝の所に之き甚だ樂しむ。吾が久しかりし所以の者は、適々學ぶ所有ればなり。帝、我に告ぐ、「晉國且に大いに亂れ、五世安からず。其の後將に霸たらんとするも、未だ老いずして死し、霸者の子且に而(「其」の義に読む)の國の男女をして別無からしむ、と。』公孫支、書して之を藏む。秦策(「策」は書、秦の歴史書)、是に於いて出づ(秦策の内容が、今晉の国に現れた)。

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