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2019年02月22日11:04

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『孟子』巻第十二告子章句下 百六十一節、百六十二節

                         百六十一節
任国の人が孟子の弟子の屋廬子に尋ねた。
「礼義と食い気とではどちらが大切ですか。」
「礼義の方です。」
「結婚と礼儀とではどちらが大切ですか。」
「礼義の方です。」
「では、礼義に従って食べようとすれば飢えて死ぬが、礼儀を無視して食べることに重きを置けば、食を得て生きられるという時でも、必ず礼義に従わなければいけないのですか。婚礼の作法に従って妻を迎えようとすれば得ることはできないが、それを無視すれば迎えられるという時でも、婚礼の作法を守らねばいけないのですか。」
屋廬子は答えることが出来ず、翌日、孟子が住んでいる芻に行きその話を告げた。孟子は言った。
「それに答えるのは何でもないことだ。根底を考えずに、末端だけを比べようとすれば、一寸四方の木でも小山よりも高くすることが出来る。金属は羽より重いと言うのは、帯留め一つの金と車一台の羽とを比較して言っているのではない。生きるか死ぬかという食の重大事と、比較的軽い食事の礼と比べた場合、単に食の方が大切だというだけではすまされない。結婚という人にとっての一大事と、親迎という比較的軽い礼と比べた場合、単に結婚の方が大切だというだけではすまされない。戻って屋廬子にこう言ってやれ、『兄さんの腕をねじり上げて奪い取れば、その食物を手に入れることが出来るが、そうしなければ得られない時、君は兄さんの腕をねじり上げるか。垣根を飛び越えて東隣りの家の処女を連れ出せば妻を得られるが、そうしないと得られない時、君は垣根を乗り越えて連れ出そうとするか。』と。」


任人有問屋廬子。曰、禮與食孰重。曰、禮重。色與禮孰重。曰、禮重。曰、以禮食、則飢而死、不以禮食,則得食。必以禮乎。親迎、則不得妻、不親迎、則得妻。必親迎乎。屋廬子不能對。明日之鄒以告孟子。孟子曰、於答是也何有。不揣其本而齊其末、方寸之木可使高於岑樓。金重於羽者、豈謂一鉤金與一輿羽之謂哉。取食之重者與禮之輕者而比之、奚翅食重。取色之重者與禮之輕者而比之、奚翅色重。往應之曰、紾兄之臂而奪之食則得食、不紾則不得食。則將紾之乎。踰東家牆而摟其處子、則得妻、不摟則不得妻。則將摟之乎。

任人、屋廬子に問う有り。曰く、「禮と食と孰れか重きか。」曰く、「禮重し。」「色と禮と孰れか重きか。」曰く、「禮重し。」曰く、「禮を以て食すれば、則ち飢えて死し、禮を以てせずして食すれば、則ち食を得。必ず禮を以てせんか。親迎すれば、則ち妻を得ず、親迎せざれば、則ち妻を得。必ず親迎せんか。」屋廬子、對うること能わず。明日、鄒に之き、以て孟子に告ぐ。孟子曰く、「是に答うるに於いてや何か有らん。其の本を揣らずして其の末を齊しうすれば、方寸の木も岑樓(シン・ロウ)より高からしむ可し。金は羽より重しとは、豈に一鉤金と一輿羽との謂を謂わんや。食の重き者と禮の輕き者とを取りて之を比せば、奚ぞ翅(ただに)に食重きのみならん。色の重き者と禮の輕き者とを取りて之を比せば、奚ぞに翅に色重きのみならんや。往きて之に應えて曰く、『兄の臂を紾りて之が食を奪えば則ち食を得るも、紾らざれば則ち食を得ず。則ち將に之を紾らんとするか。東家の牆を踰えて、其の處子を摟けば則ち妻を得るも、摟かざれば則ち妻を得ず。則ち將に之を摟かんとするか。』」

<語釈>
○「任人有問屋廬子」、朱注:任は國の名、屋廬子の名は連、孟子の弟子なり。○「色」、色気、色欲の類でなく、ここでは下句との関係から、妻を娶る意。○「親迎」、婚姻の礼義の一つで、新郎が新婦を迎えに行く儀式。費用がかさみ貧乏人は行い難し。○「岑樓」、趙注:岑樓は、山の鋭嶺なる者なり。討尼の鋭い峰。○「揣」、音はシ、おしはかる意、“はかる”と訓ず。○「紾」、音は、シン、“ねじる”と訓ず。○「摟」、音は、ロウ、引き寄せる意、“ひく”と訓ず。

<解説>
物事を比較する時は、同じ条件でなければならず、軽重を推しはかるには根本を見なければならない、ということである。趙岐の章指を紹介しておく。
「事に臨み宜しきを量るには、其の軽重を權る、禮を以て先と為し、食色を後と為すは、偏殊有るが若し、其の大なる者に從うこと、屋廬子未だ達せず、故に摟紾に譬う。

                           百六十二節
曹国の君主の弟の曹交が孟子に尋ねた。
「人は誰でも堯や舜のような人物になれるというが、それは本当でしょうか。」
孟子は言った。
「その通りです。」
「聞く所によると、周の文王は身長が十尺あり、殷の湯王の身長は九尺あったそうです。私は九尺四寸もあるのに、無駄飯を食らっているだけです。どうすれば堯や舜のような人物になれるのでしょうか。」
「身長などは関係ありません。ただ仁義の道を行うだけです。今一匹の鴨の雛さえ持ち上げることが出来ない人がいれば、世間は力のない人だと言うでしょうし、百鈞を持ち上げると言う人がいれば、世間は力持ちだと言うでしょう。それならば、力持ちで有名な烏獲が持ち上げることが出来るものを持ち上げる人がいれば、その人も烏獲と同じだと言うほかはありません。ですから、人は力が足りないことを悩む必要はないのです。努力しないことに問題があるのです。年長者と同行する時、ゆっくり歩いて後ろから従っていくのが弟の徳で、速足で年長者の前を歩くのを不弟と言うのです。ゆっくり歩くことは、どうして人のできないことでありましょうか。出来ないのではなく、そうしないだけの事です。堯・舜の道は、ただ孝弟の徳を行うだけの事です。あなたが堯と同じ礼に適った服を着、堯と同じ仁義に適った正しい言葉を述べ、堯の考弟の正しい行いを実行すれば、あなたは堯になれるでしょう。これに反して、あなたが桀と同じ非礼の服を着、仁義に悖る言葉を述べ、暴虐な行いをしたならば、あなたは桀と同じ人間にほかありません。」
「私は鄒君にお目見えしたら、屋敷を借りることが出来ます。できればしばらく滞在して、先生よりお教えを受けたいと存じます。」
「いや、人の道は大路のようなものです。どうしてそれを知るのに難しいことが有りましょうか。求めないことが問題なのです。求める気さえあれば、帰られても師とすべき人物が必ずおられるでしょう。無理にここに留まる必要はありません。」

曹交問曰、人皆可以為堯舜。有諸。孟子曰、然。交聞、文王十尺、湯九尺、今交九尺四寸以長。食粟而已。如何則可。曰、奚有於是。亦為之而已矣。有人於此。力不能勝一匹雛、則為無力人矣。今曰舉百鈞、則為有力人矣。然則舉烏獲之任、是亦為烏獲而已矣。夫人豈以不勝為患哉。弗為耳。徐行後長者謂之弟。疾行先長者謂之不弟。夫徐行者、豈人所不能哉。所不為也。堯舜之道、孝弟而已矣。子服堯之服、誦堯之言、行堯之行、是堯而已矣。子服桀之服、誦桀之言、行桀之行、是桀而已矣。曰、交得見於鄒君、可以假館。願留而受業於門。曰、夫道、若大路然。豈難知哉。人病不求耳。子歸而求之、有餘師。

曹交問いて曰く、「『人皆以て堯舜為る可し』と。諸れ有りや。」孟子曰く、「然り。」「交聞く、文王は十尺、湯は九尺と。今、交は九尺四寸、以て長し。粟を食らうのみ。如何せば則ち可ならん。」曰く、「奚ぞ是に有らんや。亦た之を為さんのみ。此に人有り。力は一匹雛に勝うること能わずとせば、則ち力無き人と為さん。今、百鈞を舉ぐと曰わば、則ち力有る人と為さん。然らば則ち烏獲の任を舉ぐれば、是れ亦た烏獲為るのみ。夫れ人豈に勝えざるを以て患と為さんや。為さざるのみ。徐行して長者に後る、之を弟と謂う。疾行して長者に先だつ、之を不弟と謂う。夫れ徐行は、豈に人の能くせざる所ならんや。為さざる所なり。堯舜の道は、孝弟のみ。子、堯の服を服し、堯の言を誦し、堯の行いを行わば、是れ堯のみ。子、桀の服を服し、桀の言を誦し、桀の行いを行わば、是れ桀のみ。」曰く、「交、鄒君に見ゆるを得て、以て館を假る可し。願わくは留まりて業を門に受けん。」曰く、「夫れ道は、大路の若く然り。豈に知り難からんや。人求めざるを病むのみ。子歸りて之を求めば、餘師有らん。」

<語釈>
○「曹交」、趙注:曹交は、曹君の弟。○「一匹雛」、朱注は、「匹」は本、左に“匹」、右に”鳥“の字であったが、省略されて”匹“になったとし、義は「鴨」だち言う。一匹の鴨の雛。○「烏獲」、秦の武王のお抱え力士、力持ちで名を残している。

<解説>
立派な人物になるのは、難しいことはない、ただそれを為そうと努力しないだけである、というのが趣旨である。趙岐の章指にも、天下の大道、人並び之に由る、為さざるを病い、能わざるを患えず、と述べられている。

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