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日記一覧

『孫子』巻第十三用間篇
2019年12月08日12:13

                           巻十三 用諒啾校匕世Αおよそ十万と謂う大軍を編成し、千里の彼方へ遠征すれば、人民や政府が負担する費用は日に千金に及び、国の内外は騒然となり、民は食糧の輸送などにこき使われ路上に疲れ果て

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                                                論語解説                            一 『論語』とは『論語』は、孔子の言葉、弟子との問答、弟子同士の問答などを、孔子

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『史記』韓長孺列伝
2019年11月25日10:50

御史大夫韓安國は、梁の成安の人なり。後、睢陽に徙る。嘗て韓子・雜家の說を騶の田生の所に受く。梁の孝王に事えて中大夫と為る。呉楚反する時、孝王、安國及び張羽をして將と為し、呉の兵を東界に捍(ふせぐ)がしむ。張羽は力戰し、安國

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『孫子』巻十二火攻篇
2019年11月19日10:42

                          巻十二 火攻篇孫子言う。およそ火攻めには次の五つの方法がある。第一は敵の営舎を焼いて人に損害を与えることであり、第二は食糧などの物資の集積所を焼くことであり、第三は武器や食料などを積んでい

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今回をもって長きにわたった『孟子』の解読も最終回を迎えることができました。永らくおつきあいくださった皆様方に深く感謝いたします。『孟子』が終われば、次は当然『論語』と言うことになります。『論語』に関しては多くの書物があり、今更私が解読するよ

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                        二百五十九節弟子の萬章が孟子に尋ねて言った。「孔子が陳の国で困窮したとき、故郷の魯に思いをはせて、『さあ、帰ろう。我が故郷の人たちは、志は大きいが、物事に対しては疎略で、大道を行うことを望みな

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                     二百五十七節孟子は言った。「心を養うには、欲を少なくするに勝るものはない。その人が欲の少ない性格であれば、たとえ徳が備わっていなくとも、それはほんのわずかで、大したことではない。その人が欲の多い性格

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『史記』魏其武安侯列伝
2019年10月27日10:39

魏其侯竇嬰は、孝文后の從兄の子なり。父は世々、觀津の人なり(索隠:其の類葉は觀津に在るを言うを以て、故に父世と云うなり)。賓客を喜む。孝文の時、嬰、呉の相と為り、病みて免ぜらる。孝景初めて位に即き、藥と為る(正義:百官表に云う、藥は、秦

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                             二百五十四節孟子は言った。「卑近な事を言いながら、その実深遠な意味を含んでいるのが善言である。守り行うことの要点は簡約であるが、その施しが広い範囲にまで行き渡るのが善道である。君子の

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                     二百五十一節嘗て孟子に学んでことがある盆成括が齊に仕えた。それを知った孟子は言った。「殺されるだろう、あの盆成括という男は。」その後果たして彼は殺された。それを知った門人たちは孟子に尋ねた。「先生は

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『孫氏』巻十一九地篇
2019年10月08日11:12

                         巻十一 九地篇孫子言う。軍を運用する法則として、以下の九地があり、それぞれに応じた法則がある。九地とは、散地・輕地・爭地・交地・衢地・重地・圮地・圍地・死地である。国内で家に近く、兵士

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                          二百四十五節齊が飢饉であった。以前も飢饉の歳に、孟子は齊王に勧めて棠邑の米蔵を開いて、民に配給させたことが有ったので、弟子の陳臻は言った。「齊国の人は皆、先生がもう一度王に勧めて、棠邑の米

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                           二百四十一節貉稽という者が言った。「私は人から悪口を言われ悩んでいます。」孟子は言った。「気にすることはありません。士という者は見識が増えれば増えるほど人から憎まれるものです。『詩経』&#

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                          二百三十七節孟子は言った。「聖人は、百世にわたって師たる人物である。周の伯夷や魯の柳下惠などがそれである。だから今でも伯夷の清廉な人柄を聞けば、貪欲な人も清廉となり、惰弱な男でも志を立てて

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『史記』吳王濞列伝
2019年09月16日10:20

吳王濞は、高帝の兄劉仲の子なり。高帝已に天下定めて七年、劉仲を立てて代王と為す。而して匈奴、代を攻むるや、劉仲堅く守ること能わず。國を棄てて亡げ、旅圓靴雒陽に走り、自ら天子に歸す。天子、骨肉の為の故に、法を致すに忍びず、

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