mixiユーザー(id:17119814)

2020年07月27日06:07

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北狄(16)

さてアホの司馬衷が皇帝の時代に晋は崩壊する。中国本土の歴史的詳細は無視すると前に
書いたけど、この辺のイキサツには北方騎馬民族たちも深く関わっているので詳しく書い
て行きたいと思うのだ。それにとても中国らしい醜く汚い吐き気を催すような話だシナ

歴史年表的に書くと司馬衷が即位した直後の291年から「八王の乱」という内乱が起き
て311年まで20年間続く。そしてこれに一部重なる形で300年前後から、異民族の
反乱が起きこれを「永嘉の乱」と呼び316年まで続きここで晋は滅びることになる

というわけで始めるがスタートは司馬炎が中華統一を果たした280年からだ。統一を果
たすまでの司馬炎は優秀な皇帝で英明な君主であった。ところが統一を果たした途端、燃
え尽き症候群なのか知らんが何もかも放り出して女遊びに耽るようになった

1万人の愛人を後宮に囲い込み、馬車を羊に引かせて羊が止まった部屋の女と一夜を共に
するということをやった。愛人たちは羊が自分の家の前で止まるように羊の好物である塩
を庭先に盛っていた。これがいわゆる「盛り塩」の起源である

皇帝が色欲に溺れると、皇后である楊氏の一族が政治の実権を握るようになった。漢王朝
でもさんざん見られた「外戚支配」である。こういう状態になると国が乱れるというのが
中国史のお約束というヤツである

この時もご多分に漏れず乱れて、八王つまり八人の王が「中原の覇者に俺はなる!」とば
かりに権力闘争を繰り広げることになる。これが八王の乱である。ではそもそもその八人
の王とはどういう人物だったのか?というところを次回やっていこー

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