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mixiユーザー(id:17119814)

2016年09月27日07:48

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日露戦争(44)

歩「第二軍は金州・南山の戦いの後、遼陽を目指して北上を続けていきマシタ」
榴「金州・南山の戦いの結果、遼陽のロシア軍と旅順のロシア軍の連絡路は断たれ、旅順
  は孤立してしまったんだけど、ロシア側はそれで良いの?」
歩「良いわけがありまセーン。旅順との連絡路を取り戻すべく、スタケリベルク中将率い
  るシベリア第一軍が南下してた。得利寺というところに陣地を構築しはじめマース」
三「この情報を得た大本営は、奥大将率いる第二軍に陣地が完成してしまう前に叩け、と
  いう命令を出したのじゃ。第二軍は6月14日に得利寺に到着。早速攻撃に出た」
榴「この時の第二軍は、旅順攻略の第三軍を新編成したとき、第一師団が第三軍に割かれ
  たため、兵力が減少し33600名の兵力。対するロシア軍は41400名」
歩「陣地攻略戦は2倍から3倍の兵力が必要、と言っているところに今回は、守備側のほ
  うが兵力大きいとか。まあ陣地は完成してないわけだけど」
三「今までの戦闘でもそうだったけど、大本営側はやたらと早期の突撃を要求してるね。
  まあこれ以上兵力を増やそうとしても、充てられる兵力がもう無いというのもあるけ
  ど、ほとんど無理ゲーに近い要求を奥大将は今回もされたわけだね」
榴「逆に言えば『奥ならば何とかしてくれる』という信頼もあった、とも言えるのでは」
歩「兵力では負けているけど、近代戦は火力の勝負デス。奥大将は手持ちの大砲を総動員
  して猛烈な砲撃を仕掛けマス。と同時に歩兵部隊を側面に回り込ませて、奇襲させま
  した。相手のロシア軍は兵力こそ上回ってはいたものの、砲の数が日本の半分もあり
  ませんデシタ。そのため砲撃戦で撃ち負けたところに、側面からの歩兵による突撃を
  受けて、混乱をきたし結局1日あまりの戦闘で得利寺を放棄し、撤退しました」
榴「さすがは奥大将デース。第一軍の黒木大将といい、第三軍の乃木大将といい、この戦
  争での日本軍は名指揮官揃いですネー。この後遼陽攻略に向けて第四軍が結成されま
  すが、この第四軍の指揮官の野津大将というのも名指揮官でしたからネー」
三「やはり維新の荒波を乗り越えてきた人は違うってことじゃのう。大東亜戦争時の指揮
  官とは比べようもないのう」

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月27日 12:34
    海洋及び大陸での面の戦争はマズイけど、拠点に対しての
    点の戦闘には長けていたということかな。

    司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んだ印象では、

    維新の重鎮には勲章を与えて引っ込ませ、能力の有るものを
    抜擢した。
    乃木将軍の部隊の能力はボロボロだった。

    読み方を間違えたのかな。
    或いは所詮小説に過ぎないから針小棒大、部分的な話を
    全部のように面白おかしく書いてあったのかな。

    まあ、検証するヒマも能力も無いから、放って置くけど。

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