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mixiユーザー(id:17119814)

2016年09月02日06:16

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日露戦争(19)

榴「前回まで、日本の野戦砲は駐退復座機がついてなくて、1分間に3発が限度。いっぽ
  うのロシアのM1902砲は、駐退復座機がついていた、という話をしましたな」
歩「ロシアのM1902は1分間に10発撃つことが出来たんや」
三「しかしそれでは日本側が圧倒的に不利じゃないか。射程距離もロシアのほうが100
  0m近く長かったわけだし。普通に砲撃戦をやったら日本は敵わんで」
歩「その通り、敵わんかったんや。だけどロシア側の戦略は、日本軍との決戦を避けつつ
  徐々に後退し、日本軍を満州奥地まで誘い込み、シベリア鉄道で輸送されてくるであ
  ろう、増援部隊とともにこれを包囲して殲滅する、というものだった」
榴「せやからロシア軍は終始守勢で、積極的攻勢には出てこなかったし、戦闘においても
  常に逃げ腰やった。日本軍は負けなしで進んだわけやけど、ロシア側からすればそれ
  も計算済み、ってことやったんやろな」
三「だからロシアでは未だに、日露戦争はロシアが負けたわけではない、と言うね」
榴「まあ言わせておいたらええ。まあそういうわけで、大砲の性能は日本が劣勢だったわ
  けやけど、日本にもロシアに勝っていた部分があったんやで。それは砲弾の威力や」
歩「日本は75ミリ砲、ロシアは76ミリ砲。それなのに日本側のほうが、砲弾の威力が
  大きかったって言うのは、どうにも納得の行かない話だよなあ」
榴「フッフッフ。その秘密は!下瀬火薬だあああああああああっ!!!」
歩「おおおっ!!日本海軍技師・下瀬雅允博士が開発した、下瀬火薬キターーー!!」
三「下瀬火薬ってのはピクリン酸という化学薬品で、黄色の染料として18世紀から使わ
  れていた。この物質が爆薬として使えるということがフランスで発見され、火薬とい
  うより爆薬として使うことが研究されていた。下瀬博士はフランスの研究成果をもと
  にして、下瀬火薬を完成したと言われているね」
歩「かーっ!またしてもフランスかいな。ホンマ軍事技術大国やわー」
三「下瀬火薬が完成した頃、フランスから新型爆薬買わんかー、というセールスがやって
  きて、そのサンプルを調べたら下瀬火薬と全く同じものだった、という話があるよ」
歩「ちゅうことは、世界中でピクリン酸を爆薬として実用化していたのは、フランスと日
  本だけだったっちゅうことかいな。そいつはちょっと鼻が高くなるわー」

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年09月03日 02:52
    カタツムリのフランスと同列では鼻が高くは・・・

    ピクリック・アシッド。
    昔から聞くたびにピクニックを連想してしまう。

    なんかオカシイですよね。

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