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2016年03月28日12:15

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ドライゼ ツュントナーデルゲヴェーア(3)

プロイセンの鉄血宰相ビスマルク。彼の外交政策は一に戦争、二に戦争、三四が無くて五
に戦争、というものだった。とにかくいかなる外交問題に関しても、戦争で決着をつける、
というのがそのスタンスである。

1866年、プロイセンとドイツの間で戦争が始まった。当時のドイツは神聖ローマ帝国
崩壊後の小国乱立状態であり、各国の君主はオーストリア帝国を核として、ドイツ連邦を
結成していた。プロイセンもドイツ連邦に参加していたのだが、外交トラブルから連邦を
脱退。これがオーストリア帝国の怒りを買い戦争となった。

この戦争でドライゼ銃の威力が発揮された。ドライゼ銃のマスケットに対する優位点は、
ボルトアクションによる後装式にあった。当時の銃は全て1発撃つごとに弾を込め直す、
単発式である。銃口から弾を込めるマスケットだと、銃の向きを変えて込め直す。ドライ
ゼ銃はそんな必要はない。しかも地に伏せた状態でも弾込めができる。

この差は実に大きかった。射撃の間隔がドライゼ銃のほうが格段に短かったし、伏せ撃ち
状態を維持できるため、人的損害も少なくて済んだ。この戦争では、これ以外にもモルト
ケの画期的な戦術などもあり、プロイセンが圧勝した。

ドイツ連邦の盟主であるオーストリア帝国が、ポーランドから興った田舎国家プロイセン
に大敗した、という事実は欧州中に衝撃を与えた。当時は観戦武官と言って、第3国が戦
場の様子を観戦しに出向くことが良くあった。現代の戦争では考えられないが、まだまだ
のんびりした時代だったのだ。

英仏の観戦武官はドライゼ銃の力に驚き、本国に伝えた。これ以降英仏も後装式ライフル
の開発に力を入れることになったのである。

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年03月28日 14:09
    観戦武官の話は結構効きますね。

    キューバでのアメリカvsスペイン。
    旅順でのロシアvs日本。

    そういえば、新聞記者なんかもウロウロしているようだ。
    勝つ予定のほうが、世界へ発信させようと記者を優遇する。

    負けたら世界にすぐバレてマッサオだけど。

    勝てないと思われると戦時国債の売れ行きがアカンもんね。

mixiユーザー

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