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2020年03月30日08:35

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日寛上人 三重秘伝抄 解説 1

三重秘伝抄 第一

 正徳第三(※1713)癸巳(みずのとみ)予四十九歳の秋、時々(よりより)御堂に於て開目抄を講じ、(※当時日寛上人(猊下に成られる前)は大石寺の学頭寮(蓮蔵坊)に住まわれていて、おもに学寮で講義をされていたが、時に御影堂でも講義されていた。
蓮蔵坊は第三祖日目上人開基。第四世日道上人時代、日郷師との争い以来長い期間廃絶状態だったが、第二十四世日永上人(日寛上人の師)が再興され学頭寮とし、正徳元年(1711)以来、日寛上人が事実上の初代学頭として御書等の講義をされていた。)

而して「文底秘沈」の句に至る。其の義、甚深にして其の意、解し難し。
所以に文に三段を分かち、義に十門を開く。
草案、已に畢(おわ)り清書、未だ成らず。
虚しく笈(きゅう)(※背に負う本箱。ここでは書物を保管する竹製の入れ物の意)の中に蔵して之れを披(ひら)くに遑(いとま)あらず。
而して後、享保第十乙巳(きのとみ)(1725 25年後)予、六十一歳の春、逅邂(たまさか)に之を閲(けみ)するに疎略、稍(やや)多し。
故に粗(ほぼ)添削を加ふるのみ。敢えて未治(みじ)の本(※書き流したままで検討を加えていない本。草稿でまだ修治していないもの。)を留むること莫(な)かれ。
然るに此の抄の中に多く大事を示す。此れは是れ偏に令法久住(※法華経見宝塔品第十一 「法をして久しく住せしめん」)の為なり。
末弟等深く吾が意を察せよ云々。

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