mixiユーザー(id:1682634)

2005年11月10日16:19

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遊びの多様性の減少について

遊びの歴史を紐解いてみると、既に廃れてしまった遊びをいくつも見つけることが出来ます。現代も例外ではなく、さまざまな遊びが現われては消えています。

ここ十年ばかりの世の中を眺めてみるに、遊びの多様性が減少していることに気付きます。種類そのものは多いのですが、メジャーなものに集中が激しく、ブームの変動が激しくなっているのです。その原因として、地域格差も減ったことや、年代間の直接交流が減ったことや、電源系ゲームの技術革新や、新製品ラッシュなどが挙げられるでしょう。どこに住んでいようがどの年代に属していようが誰もが同時期に同じもので遊ぶことが増えているのです。
多様性の減少は、遊びの平均寿命を短いものにします。確かにレトロとしてのリバイバルはときおり見られますが、それは例外というものです。

数十年前の遊びの中で優れているものは、現代でも残っていますし数十年後にも残っているでしょう。それは既に伝統としての地位を得ることが出来たからです。しかるに、ここ数年で生まれた遊びの中でどれだけのものが数十年後にも残っているでしょうか。どんなに優れたものであっても、伝統としての地位を得る前にそのほとんどが次のブームによって流されていないでしょうか?

数十年後に遊びの歴史を紐解いたときに現代がどのように描写されるのか、とても興味深いです。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2005年11月10日 16:36
    「遊びの種類が増えて多様性が減った」というのは具体的にどういうことなんでしょうか? ここ10年間だけを例にあげていますが、それではその前の10年は多様性があったのでしょうか?
    概論すぎて、新井さんの主張がいまひとつピンときません。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2005年11月10日 17:34
    コメントありがとうございます。
    現代の遊びのうちもっとも一般的なものはやはり電源系ゲームだと思います(これは数十年前には存在してなかったものですが…)。毎週のようにさまざまなものがリリースされてますが、より多くプレイされるものは少数のメジャーなものにますます集中しています。
    多様性という観点で言えば、「1995年夏に何で遊んでいたか?」と「2005年夏に何で遊んでいたか?」では後者の方が回答の種類が少ないだろうと考えてます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2005年11月10日 18:43
    電源系ゲームにおいて言えば、10年前には無かった携帯電話アプリや、一部マニアだけのものだったネットワークゲーム(パソコン通信を利用したものなど)が現在ではすっかり一般化しており、むしろ昔より多様化していると言えます。コンシューマゲームの売上本数は「電源系ゲーム」の一面でしかありません。

    そして遊びの平均寿命が短くなったのは、多様化の減少でが原因ではなく、逆に多様化したからこそ短くなっているのではないでしょうか? 次々と市場に投入される新しい「遊び」によって前の「遊び」が流されてしまうことは、市場原理としては自然であり、そのサイクルが以前より短くなっているとしても、僕は特に問題があるとは思いません。

    うーむ、やはり余白が狭すぎるな…
    個別反論でもうしわけない。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2005年11月10日 19:06
    歴史においては事実や解釈が重要であり、どうあるべきかやどうすべきかは別問題だと私も思います。
    確かに、日記のコメント欄でどうこう話すようなもんでもないですね。こういうのは掲示板を使うなり実際にお会いしていろんな意見や解釈を語りたいです。

mixiユーザー

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