薬が存在しない状況では「毒を以て猛毒を制す」のような汚れ仕事が必要です。毒を批判していいのは薬を提示できる人か毒の方が深刻だと示せる人だけです。さもなければ、その批判は「自分は猛毒でも毒でもありません」という保身の為のきれいごとであり、猛毒の放置に加担する行為となります。
この話はウィルスとワクチンの関係にも見えますが、実はぜんぜん別の話題だったりする。
さて、どんなジャンルであれ運営や企業の手の及ばない場所で社会に迷惑を掛ける人は存在します。結果的に同じクラスタの善良な人たちまで同類と見られたり、自浄作用の欠落を外部から批判されたりします。その構図は以前(3月7日のつぶやき)に書いたとおりです。
自分への批判を軽減するだけなら、迷惑を掛ける人への批判をアピールしてれば大丈夫です(正義の盾)。でも、それだけでは問題は解決しないので、クラスタへの批判は軽減されません。あくまでその個人への批判が軽減されるだけです。
クラスタへの批判を軽減する為にはやはり自浄作用が重要になります。とはいえ、現場で同じクラスタの人が注意しても、互いに名前も知らない関係では従わせるのは困難です。ネットという安全地帯での注意も同様でしょう。だから、現場でリアルな関係を築いての自治が重要になるのですよ。
そんなわけで、主催者や警察が警備を担えない状況では、自警団とか親衛隊とか元締めとかそういう存在も必要になります。クラスタ内でのトラブルが増えようとクラスタ外(周辺住民や一般客など)への迷惑を減らすという考え方です。
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