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2020年01月20日10:20

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お約束してました・・・

昨日は、「睦月・初演の会」の原稿を書き上げ管理人さんに送りほっとしております。

で、思い出しました。「初演の会」のプログラム・お越し頂け無かった人に公式ホームページに掲載する。
と、云う約束を思い出しました。下記のものは昨年・師走の会のものです。


☆師走・初演の会
時:令和元年師走七日(土曜日)
午後5時半開演・7時40分終演予定
所:落語協会二階
木戸・1500円 学生&役者 1000円


ご挨拶                    鈴々舎 馬桜

色々と有った令和元年も残すことあとわずかとなりました。

私にとっては忘れられない年に成りました。
先ず、70歳にの古希の祝いを迎える事が出来ましたが、一昨年の右足の病気以来、やはり自分が思う様に動けなく成った事を自覚しております。
狂言の「摺り足」も踊りの立ち居振る舞いも自分では納得しており
ません。
ある種哀しくなります。

しかし これも天命と素直に受け止め右足が遂いているだけでも神様に感謝しなければ行けない。と思っております。
正座もまだまだ時間が短ければ良いのですが、長くなると足首に痛みを感じ合挽を使わないと長い噺はまだまだ無理です。
ただ救いは、膝は悪く無いので座れる事が出来る事です。
同期の連中にも膝の悪い者が何人か出て来ました。
ある種の職業病だと思います。
私が入門した昭和44年の長老格の人達で70歳以上の落語家はたぶん10人に満たなかった、と思います。世の中全体が長寿社会に成り、落語家も例外ではなさそうです。
今 団塊の世代は古希を過ぎてますが、皆元気に活躍しております。
若い後輩も順調に延びて来てますので落語界は暫くは安泰だと思います。
ただ世の中の変化が私が若い頃よりは激しく変化していると 思います。ついて行けない事が随分と増えました。
噺の深みが理解出来なく成っている様な気もしてます。

たま平君は今年は「当たり年」だと思います。高校時代遣っていたラグビーが役にたったからです。
まずTBSのドラマ「ノーサイド・ゲーム」に始まりW杯が始まり日本がベストエイトの追い風を受け色々なラグビーに絡んだテレビ番組で見かけました。
これを機会にどんどんマスメディアの世界にも進出して欲しい。と願ってます。

一方 一刀君は地道にその実力を養いつつあります。
今回の演目【猫と金魚】は、超ナンセンス落語の極めつけです。
こう云う噺に挑めるのも彼の中で、なにかが芽生えたんだと思います。

問題は、観客動員です。落語ファンと呼ばれている人達は五千人いるか? です。
初期の「初演の会」は20人前後のお客様に支えれれていました。そしてその次のメンバーは15人前後のお客様でした。この狭い空間で五人の差は大きいのです。
この三人でまだ20人を超えていない事実をきちんと考えてなんとか魅力ある番組を作って行きたい、と思っております。
それにはお客様の応援が欠かせません。どうぞ今後とも宜しくお願い致します。 


噺のはなし

|、宿題三題噺(ミイラ・オムライス・ジャッカル)        林 家 たま平
この原稿は一週間前に書いてますが、彼とは連絡をわざと取りません。のでどんな内容かは見当が付きません。
私が木乃伊と云う漢字がミイラと読むのを高校生の時に知りました。紀伊國屋寄席のポスターで円生の口演です。
後年この噺を手掛ける様に成りましたが、外国語では無い様です。

|、猫と金魚                 春 風 一 刀
実はこの噺は、東大落語研究会編の「落語事典」には、掲載されておりません。新作で漫画家・田川水泡作の名作です。
と、言っても田川水泡氏が解らないと思います。【のらくろ】と云う当時(戦前から戦後)人気絶大の漫画家です。
談志ひとり会のポスターの原画は、この方でした。
記憶違いでなければ練馬の方にお住まいでその原画を頂きに上がりました。 
その縁で、談志も一度だけ高座に掛けた事が有り、その感想は「難しい〜 こりゃ俺のもんじゃない。竹ちゃんのものだ!」
と言ったのを覚えてます。竹ちゃんとは橘家竹蔵、月の家円鏡の二つ目の頃の名前です。この噺は先代・柳家権太楼の為に書き下ろししたもので、その噺を先代・月の家円鏡時代の円蔵が十八番にしてました。
落語芸術協会では、伸治から文治に成った先代が良く高座に掛けてました。挨拶文にも書きましたがこのナンセンス落語をどう料理するか、楽しみです。

|、堀部弥兵衛                鈴々舎 馬 桜
本来ならば、講釈師から教わった方が楽だったのですが・・・諸般の事情で色々調べて高座に掛けさせて貰います。
参考資料は小島政二郎の「堀部弥兵衛」と云う小説です。
さぁ いざ取り組んでみると難しい難しいとても太刀打ちが出来なくなりました。
しかし 落語には「地噺」と言うジャンルが有りますので、その俎板へ乗せて見ました。
息子の死因などは笑いの種に成らないし、安兵衛を婿養子に迎えるエピソードは、面白いのですが、それは宇野信夫が芝居として書いて、最近では吉右衛門が国立劇場で上演しました。
その公演記録を参考に拝見しました。やはり見た方が面白いので・・・。師走で「赤穂義士伝」と言う考えも、もう古いんですかね?。 

|、転宅                   林 家 たま平
彼から演目の相談にのった時、迷わずこの噺なら同期の古今亭志ん橋が良いよ!。と勧めました。
お手本は良いものを選ばなければ行けません。これは、歌舞伎役者・先代中村芝翫に言われた言葉で肝に銘じてます。
二つ目どうしで最近は根多の交換をする様になった。と言う事を聞いて驚いております。
思えば私が二つ目頃は良いお手本の師匠方が丁寧に教えて下さいました。
たま平はこの噺には随分悪戦苦闘した様です。
人物の描き訳がきちんとできるか? 間抜けな泥棒の人の好さが伝わるか? 憎めないという事の難しさ。
この女の色気が出せるか、大店の主人に囲われている女です。そして 最後に出てくる煙草屋の親爺の人の好さ。
全部が善人? と言う落語らしい落語です。短くすると味わいが無くなってしまう噺なので・・・そこが腕の見せ所です。私も聴くの
を楽しみにしております。    *文中敬称略 

と云う内容です。
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