もしかすると前にも同じようなことを書いたかも知れないけれど敢えてまた書きます。
最近確信したことです。
仏教やキリスト教も含めたまともな宗教の幹部など地位の高い人ほどあの世や魂の存在をそれほど信じてはいないはずです。
なぜなら、宗教の根本目的は道徳観念の育成や人格形成にあるからです。
お釈迦様やイエスキリスト様は、争いを無くし、人々が平和に共存するためにはどうしたら良いだろうと考えた結果、神や仏という絶対的正義の存在を主張することに思い至ったのです。
神や仏はこの世の人間が正しい行いをしているか見ていて、その報いを与えると主張することによって人間社会の秩序を形成しようと考えたのです。
当然、お釈迦様やイエスキリスト様もあの世が存在するとは信じていなかったはずですが、神や仏が存在しないと知ると人々の多くは行いに対する報いの恐ろしさを忘れて自分の利益ばかりを追求するようになります。
だから神や仏は必ず存在し、あなたの行いを見ていて悪いことをするとそれなりの報いがある、と言って社会の秩序を保とうと考えたのです。
それから、私が若い頃に親の影響でなんとなく信仰していた宗教団体の支部長さんにある日『私は仏様に対する信仰心がなくなったので活動をやめます』と言った時、支部長さんも『私もなのよ』と言った理由が今はっきりわかりました。
支部長さんぐらいになると宗教の根本目的がわかっていて、先祖供養をすることによって今生きている人たちが道徳心を育み、人格を形成するために役割を果たしている意識があるわけです。
でも人格がある程度形成されていない人にはその種明かしをするわけにはいかないのです。
だからこその色々な言動だったわけなのです。
60を過ぎてそのことに気付いた自分がちょっと恥ずかしいです。
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