1917
カット割りせず、延々と映像が続く『ワンカット』撮影。臨場感や緊迫感溢れる最近話題の技法だ。
って事ではあるが、実際観てて、俺はそれほど意識した事は無い。その手の作品は最近幾つか観たが、いずれも『言われてみれば』程度に感じるくらいだ。
もっとも『途中でそれに気付く』って事は、『それまでそれに気が付かない』という事でもあり、それだけ映像に没入している証とも言える。それが『ワンカットによる臨場感に呑み込まれている』効果なのかもしれないが…
何時もの様に、先入観も予備知識も皆無で劇場に入った。特に今回は予告編すら目にしていない。伝令が何かを伝えに行くって事と、題名からして第一次世界大戦が舞台であろう事ぐらいしか判らない。
さて、どんな作品か…
映画のレビューを書く時は、後から読み返す自分の為にもできるだけ正確に書きたくて、３回くらいは観てから書いているが、今回は劇場鑑賞なので当然１回しか観ていない。見逃しや勘違い、憶測等による不正確な記述が少なくないとは思うのだが、そのデメリットを押してでもレビューを強行するのは、つまりそれだけ心を揺さぶられたからだ。それだけ強烈なインパクトのある作品であった事を最初に書いておく。
第一次世界大戦は、人類が体験した最初の近代戦と言える。それは科学戦であり組織戦であった。『血の通った人間同士の戦い』だったそれまでの戦争と違い、高度に機械化、組織化された結果、空前の大量殺戮や大量破壊が繰り広げられたのだ。
いつの時代も同じだが、『新兵器』というモノは、実際に使ってみるまでその効果が判らない。また(特にこの点が重要なのだが)、実際に使ってみると思いもよらぬ新たな運用法が発見、考案され、それまでの戦い方を一変させてしまう事が少なくない。
第一次大戦で登場した機関銃や有刺鉄線、大量に投入された大砲等がまさにそれだ。敵味方の砲弾が炸裂し、１丁の機関銃が１分間に数百発の弾丸を連射する戦場は、もはや生身の兵士が行動できる状況になかった。両軍は深い塹壕を掘って身を潜め、それを掘り進める事によって前線を拡大する『塹壕戦』が展開されたのだ。
塹壕から少しでも頭を出すと途端に敵の狙撃兵から撃たれる為、両軍共に身動きが取れず、また敵の塹壕を突破する有効な戦法も無かった為、お互い塹壕に隠れて睨み合う膠着状態が続いた。
塹壕の中は水が溜まって湿気が多く不衛生であり、兵士達は水虫になったり傷口が化膿したりして苦しんだ。
味方の塹壕と敵のそれとの間は『無人地帯』と呼ばれ、人間は当然として、動くモノは何も無い、死と静寂のみが支配していた。
映画を観る前の時点での、俺の知識はこんな具合であったが、実際にはどんな感じだったのかは当然知らないし、雰囲気とか空気感みたいなのも全く予想できなかった。そしてこの『1917』はあらゆる意味で俺の想像を遥かに超えた作品であった。
初めて目の当たりにした『塹壕』は衝撃だった。『塹壕内で泥の様に眠る』なんて手記を読んだ事はあったが、壁の内側に僅かな凹みを作り、そこにうずくまる様にして眠る兵士。ポンチョ(外套)にくるまり、小包の様に小さくなってはいるが、間違いなくそれは人間だ。行き交う兵士達の足が当たったり、頭上から小石が落ちて来てヘルメットに当たったり、下半身が泥水に浸かってたりする。そんな状況下で生きてる人間なのである。
塹壕は一直線には掘られていない。それは塹壕内で砲弾や爆薬が炸裂した場合を想定しての事だ。直線の通路では爆風や破片が遠くまで飛び散って被害が拡大する。その為わざと曲がりくねらせて作り、被害を極限する構造なのだ。
その代わり、炸裂した火薬はその箇所に集中する為、直撃を受けた地点は壊滅する。兵士は全てミンチと化すだろう。
知識としては知っていたが、なるほど、こういう風に曲がり角ばっかりなのか。敵兵に占拠された場合すぐには逃げられず上から狙い撃ちされるし、これじゃ毒ガスが漂って来てもすぐには逃げ出せない。そもそもすぐ先が曲がり角で、その先はどうなってるのか見えないのもなかなかの恐怖だ。
主人公達は壕内をどんどん進む。周りの景色が徐々に変化して行く点は、イヤでも注目せざるを得ない。
包帯を巻いて休んでいる負傷兵。紅茶のカップを手に談笑する兵士達。
やがて壕内の壁に『危険』とか『頭を上げるな』、『狙撃兵が狙ってる』なんて標語が掛かり始めた。『毒ガス注意』もある。
スコップを振り回して塹壕を拡張している工兵の荒々しい怒鳴り声。
やがて、鮮血も生々しい苦痛に呻く負傷兵や、担架を担ぐ衛生兵なんかが走り回ったり…
特殊任務を負って進む主人公達に対する周りの兵士達の態度も次第に殺気立って来る。
『これより最前線』の看板の下では潜望鏡に喰らいついてる将校。周りの兵士達もライフルを手に臨戦態勢で待機中。
ここに来るまでは、周りの将兵達は同情にも似た感じで『ムリだ(止めておけ)』みたいな言葉を投げ掛けていたが、ここに来て将校は必要な情報を端的に述べる。
自分の任務を遂行したり、自分の命を守ることに精一杯で、他の事を気に掛けてる余裕が無い、或いは興味が摩耗している感じだ。
『貴様が何の為に、何処に行って、命を落とそうが俺には関係ない』いや、寧ろ、
『何処まで進めるのか確認したい。丁度いい実験だ』(は流石に言い過ぎとしても)くらいに思ってるんじゃなかろうか。
そしていよいよ塹壕から出るって時、ここで小銃に着剣するのね。この時代は白兵戦がまだまだ有効で、小銃の先に装着した銃剣でとどめってのが基本戦術。塹壕内を歩いてる時は人に当たって危険だし、物に当てて刃が欠けたりするから当然ながら外している訳だな。言い換えれば着剣する事は戦闘態勢に入る事を意味しており、騎士が『抜刀ぉ〜』と叫んで一斉に剣を抜くのと同じだ。観てるこちらまで肝が座る思い。
そしていよいよ塹壕から出る。ここの臨場感はもはや言葉では表せられない。緊迫感、緊張感…
眼前に広がるのは荒涼たる『無人地帯』。
砲弾が炸裂した大小の穴と、そこに溜まった汚れた水。
人間や馬の死体。破壊された兵器。散乱した装備。
生けるモノ、動くモノは、屍肉を貪る太ったネズミやカラス以外は皆無。
少し前に観た映画『ファーストマン』で、月着陸船のハッチを開け、月の表土を目の当たりにした瞬間を思い出した。それくらい無人地帯は異質な別世界。そして、このシーンが今作のクライマックスだった様に感じる。
おっかなびっくり前進して行く２人。有刺鉄線に引っかかったり砲弾の穴に足を取られたり、ゴロゴロと転がる腐乱死体にビビりながらも少しずつ進んで行く。最初は匍匐前進していたのが、やがて中腰になり、それから５分と経たず普通に歩き始める。
事前情報である『ドイツ軍の撤退』がどうやら真実だったらしいとの確信もあったが、何よりもその状況に『慣れ』てしまったのだ。
そして、それは観ている我々も同じである。
先程『塹壕から出るシーンがピーク』と書いたが、その後も凄惨なシーンは続く。しかし俺も慣れてしまったのである。戦争体験者が『恐ろしい』と言うと同時に『でもそれに慣れてしまう』と言う人が多い。人間の対応力の逞しさに驚き、神経の図太さに呆れるばかりである。
『ドイツ軍は撤退した』なる情報は確かだった様で、２人はもぬけの殻となったドイツ軍の塹壕まで辿り着く。土嚢剥き出しではなくコンクリートで固められた壁、地下には大きな部屋があり、しっかりした２段ベッドが設置されていたり、『やるなドイツ』って感じ。
ここにブービートラップが仕掛けてあり、気が付いて動きを止めた２人ではあったが、天井から落ちて来たネズミがそれに引っ掛かって大爆発。ここのシーン個人的にツボだったな。『間』が一瞬なのね。『あ…』と思った瞬間にはネズミがトラップに引っ掛かるんで。『あれれ、おかしいな』なんて暇は無い。ホント戦場では一瞬の判断が生死を分けるんだろうな。
その後は放置された一軒家。上空で空中戦があって、被弾したドイツ機が不時着する。炎上する機体から敵パイロットを必死に助け出した２人だったが、主人公ウィルが水を汲むのに一瞬目を離した瞬間、ドイツ兵に相棒のトムが刺されしまう。
ウィルは即座にドイツ兵を撃ち殺すが、トムもまた死んでしまう。ここのシーンも凄い。刺されたトムの顔色が見る見るうちに青白く変色して行く。現在の映像技術なら編集の継ぎ目を消してワンカットに見せるのは幾らでも可能らしいから、技術的には別段驚くシーンではないのだろう。が、演出のキメの細かさには目を見張る。実際に人が刺し殺されるのを見た人の証言とかあったんだろうな。
元々この無茶な命令を受けたのも、ドイツ軍がわざと撤退してイギリス軍を罠に嵌めようとしており、航空偵察でそれを見抜いたものの、既に進軍を開始した一部の部隊が、まさにその罠に飛び込もうとしていた。それを知らせに伝令を命じられたのだ。しかもその部隊にはトムの兄が所属していたので、当初はトムが
『イヤなら来るな。兄を見殺しにはできない。俺１人でも行く』とウィルより意気込んでいた。ところがそのトムが無念の死。それにより、命令で仕方なく任務に就いてたウィルの方が、逆に友の為、仲間の為に吹っ切れた感が印象深い。
ここの家で偶然にも友軍の部隊と合流、トラックに乗せてもらう。
が、それもすぐに別行動となり、そこからウィルは市街地へ。川に架かった壊れた橋を渡っていて狙撃される。久し振りに鋭い銃声を耳にして、ここが戦地である事を改めて思い知る。
程なく夜の帳が下り、廃墟と化した都市に辿り着く。
この時の、向こうに見える人影。それが一目散にこちらに向かって駆け出して来るシーンも全身の毛が逆立つ様な恐怖を感じたな。
人間ってどうしても『良い方』に考え勝ちだ。極端に言えば
『敵だったらイヤだな。戦う事になったら厄介だな』との思いが、
『味方であったらいいな』なる希望的観測となり、
『味方であってくれ』から
『味方に違いない』と言う、根拠の無い判断をしてしまうのだ。しかしダッシュで向かって来る黒い人影は紛れも無く『敵』であり、自分を殺す為に向かって来ているのだ。先程までの妄想は儚い希望に過ぎず、イヤでも現実を痛感する。その瞬間の恐怖。
照明弾による光景も、随分と印象に残るカメラワークだ。照明弾はパラシュートが付いてて、出来るだけ長い時間滞空する様出来てはいる。だがそれでも、自然界の太陽とは比較にならない速さで落下する。地上に落ちる影もまた、それに比例して速い。
明るく輝く光と、暗い漆黒に呑み込む影。そのコントラストが数秒毎に入れ替わる。背景には大砲の砲撃か爆薬の炸裂か、低い轟音が不気味に鳴り響く。
闇夜を突き刺す様な鋭い眼光。
頬を伝う一筋の冷たい汗。
画面を見ているだけで、こちらも息苦しさを感じる。
夜が明ける頃、偶然(みたいな感じで)総攻撃直前の味方部隊と接触。
薄い群青色みたいな軍服が散見されたが、フランス陸軍の軍服であろうか？カラー映像は存在しないから、今までイラストとか、しょぼ〜い合成でなら見た事あるが、果たしてどうなのかは不明だ。それから、イギリス軍のヘルメットにも何種類かあった様だ。UFOみたいに平たい円盤に、中央部だけポコッと膨らんだタイプと、全体的になだらかで傘みたいなタイプとあるみたい。
塹壕内で待機した大部隊が、まさに今から突撃せんとしている。ウィルのその中を掻き分ける様にして司令部へ向かうが、ここも目が釘付けとなるシーン。
各部隊長は時計の針を合わせたり、○○の号令で第１小隊、××の号令で第２小隊が突撃等と怒鳴っている。やはり全体を通じてこの作品は臨場感に溢れている。こちらまで血が沸き立つ思いだ。
どうにかこうにか司令部に辿り着き、指揮官に伝令。直前で総攻撃は中止される。
ウィルはトムの兄であるジョセフ・ブレイク中尉を見つけ、弟であるトムが途中で戦死した事を告げる。
この時のジョセフ(リチャード・マッデン)の演技が良かった。
ウィルは自分の任務である、伝令により友軍部隊を救う事と、トムの死を兄に伝える事、を全て完遂。ジョセフと別れて感慨深げに草原を見渡す。
目まぐるしい程に色々な出来事があった今回の任務。まるで１つの人生の様に長い長い24時間が終わった。その感慨にふけったまま、アッサリ the END となる所が実に良かった。
1917 ☆☆☆☆☆☆☆☆
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