面白いかどうかで訊かれたら返事に困るのだが、色々と考えせられる作品であったことは間違いない。
コールマン教授(アンソニー・ホプキンス)が、講義に一度も姿を見せない生徒の事を『まるで幽霊だ』と発言した事が話の発端。『幽霊』という単語『スプーク(spook)』には、『黒人に対する侮蔑した呼び方』も含まれるらしい。
件の生徒は一度もコールマンの講義に出席してないので、彼は生徒の顔も見た事がなく、黒人かどうかも当然知らない。だがそれが差別発言として大問題となる。
この映画が作られた2003年当時と言えば、ロス暴動から10年だ。まだまだ人々の間に『人種差別』の意識が色濃く残ってただろうから、この手の発言は大騒ぎになる時代だったのだろう。(今も同じ様なモノなのかもしれないが)
大学で総スカン状態となったコールマンは辞職。奥さんもショックで亡くなってしまい悲劇のドン底へと突き落とされる。
そんな不満を本にしてくれと、森の中の山荘に籠る作家ネイサン(ゲイリー・シニーズ)を訪ねて友達になり、クルマの故障を助けたきっかけでフォーニア(ニコール・キッドマン)なる若い恋人もできる。
フォーニアは幼少期に義父から性的虐待を受け、若くして家出。以来フラフラと刹那的に生きて来た。不注意で起きた火事で子供を失っており、ベトナム帰りの暴力亭主(エド・ハリス)に追いかけ回されてもいる。
コールマンとフォーニア、お互い心に傷を負った者同士がくっついた形だ。
この辺から過去の回想シーンと現在とが交互に入れ替わり、油断してると混乱するが、実はコールマンには妻にも内緒にしていた秘密があった。回想シーンを観続けているうちにそれが明らかとなる。
なんとコールマンは黒人だったのだ。黒人の両親から、たまたま白い肌で生まれて来たアルビノ(先天性のメラニン欠乏)だったのである。
より一層人種差別が激しかった彼の青年時代、黒人としてのプライドを持ち、胸を張って白人社会の荒波に飛び込んで行くか？或いは白い肌を利用し、白人のフリをして生きて行くか？人生における究極の岐路に立つ事となる。
やがて白人の彼女ができると、コールマンは家族と決別し、白人として生きて行く決心をする。その宣言はまるで、家族に対し
『アナタの血は汚れている。迷惑だから今後僕に関わらないでくれ』と言ってる様なものだ。実の息子からそんな残酷な宣告を受けた母親の悲しさはとても想像できない。
『あなたは雪の様に白いのに、奴隷みたいだわ』
『黒い肌の子供が生まれたら、奥さんは不貞の眼で見られるのよ？』
『孫ができても、私は会うこともできないのね』
悲しみに打ちひしがれた母親のセリフが胸に突き刺さる。
コールマンの進路について、厳格な態度で意見する父親。ビシッと身嗜みを整え、威厳に満ち溢れた態度で『列車の時間だ』と言って家を出る。紳士然とした彼の仕事はしかし、列車の食堂車でのウェイターだったのも痛烈な皮肉だ。
フォーニアと別れろと勧めるネイサンに対し
『初めての恋ではない。大恋愛でもない。だけど、これは最後の恋なんだ』と叫ぶコールマン。これも名台詞だなぁ。
俺が観たテレビ版ではカットされてた様だけど、フォーニアの馴染みの野鳥センターには１羽の『鳴けないカラス』がいた。しかし外に出した時に外敵に襲われ、鳴いて助けを求める事ができなかったそのカラスは死んでしまう。
『鳴けないカラス』ってのは、『心の奥底に隠した秘密を、誰にも言う事が出来ない』彼等の状況を示しているのだろう。自分が黒人である事を隠し通して来たコールマンしかり、性的虐待や子供を死なせた過去を持つフォーニアしかり。鳴けないカラスが死んだのは、それらの問題を自分の中で整理し、他の誰かに告白し、乗り越えて行かなければ人生そのものを失う、との暗示かもしれない。
黒人である事を、家族諸共断ち切って大学の学部長にまで登り詰めたコールマンにとって、その職を失う意味は大きい。しかもその原因が『黒人差別』によるもの。自分自身が当の黒人であるにも関わらずだ。家族を捨ててまで結婚した最愛の妻も失った。
一方フォーニアも、拭い切れない程に悲しく屈辱的な過去を背負っている。
自分の辛さを一番よく解ってくれ、かつ相手の辛さも自分が一番よく解る、互いに互いが最も必要な人間。だからこそ、お互い自分の過去を吐露できたのだろう。色々な出来事や葛藤もあったが、全てが一周して『貴方のそばにいたい』と本音を言える安心感を得たのだとしたら、言ったフォーニアも言われたコールマンも幸せだったのかもしれない。
この後、突っ込んで来たDV亭主のクルマを避けた２人は、クルマごと谷に落ちて死んでしまう。しかし心の底から解り合える相手と巡り会え、辛い過去から一緒に逃げ出す事ができたのだから、幸せな最後だったのかもしれない。
人はそれを、『数奇な運命』とでも呼ぶのだろう。
最後にネイサンは、凍った湖で釣りをするDV亭主を訪ねるんだけど、『自分に子供がいたら釣りを教えてやりたかった』と言うDV亭主に対し、『コールマンの事を本に書いたら、それを届けるよ』と約束するネイサン。この辺の絡みはよく解らなかったな。
因みに『コールマン』ってのは石炭関係の仕事に就く者を指す言葉でもあり、黒人を意味するスラングでもあるそうだ。なかなか細かい所にまで皮肉やブラックジョークが効いている。
ニコール・キッドマンの美しさは相変わらずだが、その若く美しい肢体と並んで映っても違和感の無いアンソニー・ホプキンスの存在感はさすがだ。しかしエド・ハリスは無駄遣いな気がするな。
センスが無かったり意味が解らない邦題は数多くあれど、これは秀逸だと思う。
白いカラス ☆☆☆☆☆☆☆
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