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2019年10月09日07:32

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【拳闘】小さな大男の大きな偉業

クルーザー級からヘビー級に上がって来たホリフィールドに対して、最初は必ずしも皆が好意的に見ていた訳ではない。それは娯楽の選択肢が少なく、かつ、世間が全体的にもう少し荒っぽかった、今より少し前の時代、ボクシングのヘビー級チャンピオンが別格の存在であったこととも関係している。

『大統領の名を知らぬ者はいようとも、ヘビー級チャンピオンの名を知らぬ者はいない』

『ヘビー級が動く時、時代も動く』

なんて大袈裟な格言があったくらいだ。
『別格』の証の1つとして、下の階級からの挑戦をことごとく跳ね返して来た歴史もある。
『○階級制覇』というのは、体重によって細かく区分されてるボクシングにおいて、複数の階級のベルトを獲得することだ。
階級1つの違いは小学生の学年1つ分の違いと言われている。つまり、小学校3年生で一番ケンカの強いヤツが、4年生の一番強いヤツに勝てば『2階級制覇』。5年生のチャンピオンをもやっつければ『3階級制覇』となる。
無論、試合となれば体重を合わせるので、下の階級の者は筋肉をモリモリつけて増量する。
『同じ体重で戦うのなら、結局条件同じじゃん』
と思うかもしれないが、そう単純な話ではない。人間には『適正体重』というのがあって、これ以上筋肉を増やすと、パワーが増すメリット以上に、スピードが鈍ったり重い身体を動かし続けるスタミナ不足のデメリットの方が上回る。そういうある種の限界点がある。ボクサーは誰もが、自分がどの体重の時に最高の能力を発揮できるのかを見極めなければならない。それを正確に見極めた連中が世界中から集まり、その中で勝ち上がった1人だけが『世界チャンピオン』となる。
上の階級に挑戦すると言う事は、自分の適正体重の限界点を突破することでもあり、『2階級制覇』というのは我々が考えてる以上に難しいことなのだ。ましてや3階級制覇とか4階級制覇なんて、まさに想像を絶する偉業である。

ヘビー級には体重制限が無い。79.4kg以下がライトヘビー級とされ、それ以上は無制限である。この領域になると、もはや体重差は大きな問題にならない、との判断からだろう。しかしその考えは少しムリがあった様だ。ヘビー級は無制限故に怪物の様なチャンピオンが現れるが、ライトヘビーは体重80kgの『それなりの大男』であり、『それなりの強さ』でしかなかった。
少し乱暴だが、ボクシングの階級を2分割するのなら、『ヘビー級と、その他』となるだろう。『体重制限により細かく区分し、その制限内で争ってる』のが『その他』であり、『そういう面倒くさいのはいいから、結局誰が一番強いんだ?誰でもいいからかかって来い』がヘビー級だ。制限内でどう工夫するか?も、それはそれで見所だ。だがそうは言っても、やっぱり『なんでもアリ』の方がおもしろいし、何より判り易い。
結局ライトヘビー級のチャンピオンは、どれだけ活躍しても所詮『その他』の中の1人に過ぎず、評価も、人気も、ヘビー級のチャンピオンが受けるそれに遠く及ばなかった。階級が1つ違うだけでファイトマネーも10倍違ったのである。
ライトヘビー級のチャンピオンが、目の前に立ち塞がる『ヘビー級』という大きな壁に立ち向かうのは、ある意味宿命とも言えただろう。そしてその挑戦の歴史はまた、苦い敗北の歴史でもあった。
スピード豊かな名王者ビリー・コンも、驚異的なレコードを誇る伝説的チャンピオン、アーチー・ムーアも、破格の強打者ボブ・フォスターも、『彼こそは』との期待を背にヘビー級のリングに上がったが、皆完膚なきまでに叩きのめされたのである。
コンのスピードはヘビー級王者であるジョー・ルイスをかき回しはしたものの、最終的にはルイスの1発の強打に打ち砕かれ、
『アルマジロ』の異名を取ったムーアの鉄壁のディフェンスも、モハメド・アリの『蜂の様に刺す』ヘビー級のパンチを防ぎ切ることができず、
対戦相手をバタバタと薙ぎ倒して来たフォスターの強打も、ジョー・フレイジャーには全く通用しなかった。

ヘビー級チャンピオンとは世界で一番大きくて、世界で一番強い男なのだ。
神聖にして侵すべからず聖域であった。
そして人々も、そうあり続けて欲しかったのである。



人間の体格は徐々に大きくなっている。バレーボールだって30年くらい前は、2mを超える長身選手はソ連でも2人か3人。アメリカに1人。なんて具合だったが、今は6人中4人が2m超えのチームなんて珍しくない。しかも207cmとか212cmなんてのもゴロゴロしている。日本にだって何人かいる時代だ。
それと以前は、『大き過ぎてボクシングには向かない』と考えられていた体格でも戦える戦術やトレーニング方法が確立され、ヘビー級のボクサーはどんどん大型化した。ライトヘビー級との格差は拡大の一途であった。
こうなると『ライトヘビーまで落とすのは厳しいし、かと言って多少筋肉を増量したところでヘビー級には敵わない』といった、狭間の選手達の要望が増す。そこで、Lヘビーの1つ上として、90.7kgを上限とする『クルーザー級』が新設されたのだ。そのチャンピオンがイベンダー・ホリフィールドである。瞬く間に主要3団体全てのタイトルを奪取し、『クルーザー級では無敵』であることを証明したホリィは、次の目標をヘビー級に絞った。
それはビリー・コン以来、『1つ下の階級からヘビー級を攻略し、2階級を制覇する』という難題に跳ね返され続けて来た『小さな大男』達の壮大なる野望でもあった。



ヘビー級に転向したホリフィールドは順調にレコードを伸ばし、どうやら『本物らしい』との評価を得る。そして遂に、世界タイトル挑戦が決まった。1990年2月の防衛戦でタイソンがダグラスに勝てば、次の挑戦者として内定したのである。
言うまでも無いが、当時のタイソンの強さは全く別次元であり、ダグラス戦に興味を持つ者など殆どいなかった。それはもはや消化試合みたいな扱いであり、人々の関心は早くも次のホリフィールド戦で、『下(クルーザー級)から上がって来たボクサーが、果たしてヘビー級に勝てるのか?』であった。
この数年前、Lヘビーから上がって来たマイケル・スピンクスが、ラリー・ホームズを下してヘビー級タイトルを獲得していたが、ホームズは40手前のロートルであり、依然として『ヘビー級最強伝説』が支配的であった。
ところが、タイソンがダグラスにまさかのKO負けを喫し、夢の対決は流れてしまう。
ホリフィールドは自動的に、新チャンピオンとなったダグラスと対戦することとなり、見事なKOで世界ヘビー級チャンピオンに輝いた。
だが殆どの人は、彼の実力を認めようとしなかった。

まず相手のダグラスだ。彼はトニー・タッカーに負けてるが、そのタッカーはタイソンに良い所無く完敗してる。
ダグラスが東京でタイソンに勝ったのは実力ではなく、タイソンの練習不足が原因だったのだ。つまり『マグレのチャンピオン』だと。
そのダグラスを倒しても、ホリフィールドが評価されないのはある意味当然とも言えた。

91年11月に、ホリフィールドとタイソンの対決が決まった。王者と挑戦者の立場は入れ替わったが、これで白黒がハッキリする。
クルーザー級から上がって来たボクサーが、本物のヘビー級チャンピオンに勝てるのか?
タイソンの究極のライバルと目されたホリフィールドの実力は如何に?

ところが世界に衝撃が走る。タイソンがレイプ容疑で逮捕されたのだ。
ホリフィールド対タイソン。夢の対決は再び霧の様に消えてしまった。

そして92年の11月、ホリィはリディック・ボウの挑戦を受ける。
ボウは全勝のホープで、身長196cm、体重110kgにも及ぶ巨漢。正真正銘のヘビー級だ。そしてこの試合でホリィは判定負けを喫して王座から陥落。やはりあの体格でヘビー級はムリなのだ、『それ見たことか』と否定派達は息巻いた。反論の材料を見出せない俺は、ただ黙ってそれを聞いているしかなかった。



93年の11月に、両者のリターンマッチが決定するが、ホリフィールド ファンの俺の心境は複雑だった。
体格に恵まれたボウはリーチも長く、それでいながら接近戦では肘を畳み、意外と器用にショートを打つテクニックがある。離れても近付いても強いのだ。
筋トレをあまりやらないが、それでもお釣りが来る程に頑強な体躯を誇っており、ムリな作り方をしてない分スタミナ面の心配も無い。
ホリフィールドは離れればパンチが届かないし、かと言って接近戦でも有利になるとは限らない。また、機動力で掻き回し、相手のスタミナを奪う作戦も有効とは思えない。一体何処に勝機を見出すつもりだろう。同じ相手に連敗すれば、その内容次第では引退も充分に考えられた。

当時、カナダのバンクーバーに住んでた俺は、試合がクローズドサーキットで放送されると知って悩んだ。クローズドサーキットとは映画館とかスポーツバーの大型スクリーンで試合を放送し、観客はお金を払ってそれを観に行くのだ。
なぜ躊躇っていたかと言うと、十中八九ホリフィールドが負けるであろう試合を観に行くのは気が重かったし、それに周りの人達が皆ボウのファンだったらいたたまれなかったからだ。
ボウは陽気で人懐っこく、大きな身体に家族の顔の入墨を入れる程の家庭人でもあり、人気のあるチャンピオンだった。なんとタイソンとは幼馴染みであり、この対決でも塀の中から『俺の代わりに頑張ってくれ』との激励を受けていた。
一方でホリフィールドは薬物疑惑が取り沙汰されており、最新の人間工学を基にしたトレーニング法なども含めて『どうにも胡散臭いヤツ』と穿った見方をされることも多かった。もちろんその背景には、下から上がって来たヤツにヘビー級王者が負けて欲しくない、人々の心境も影響してた様に思う。

そうは言ってもこんな機会は滅多に無い。俺は住所を聞いて、街外れに建つそのスポーツバーに行ってみた。
ドアの前に立って初めて気が付いたのだが、ボクシング好きなヤツばかりが集まってる所だ。普通なら喜び勇んで飛び込み、心ゆくまで語り合いたいところだが、ここはカナダ。果たして…
勇気を出してドアを開けると、店内は見事に男だけしかいない。丸太ん棒の様なぶっとい腕に派手な刺青を入れた男や、髪の毛を後ろで結わえてビヤ樽みたいに太った男など、想像した通りの客層に、俺は一瞬たじろいだ。もちろん全員が白人で、日本(東洋)人は俺だけである。この圧倒的な場違い感。多分誰もそんなことは思ってないのだろうけど、皆が
『誰だコイツ』、『日本人が何しに来やがった?』と鋭い視線を突き刺して来る様な気がして、そのまま逃げ出したくなる。
そんな気持ちを抑えて足を踏み出す店内は、既に満席だ。カウンターの端っこに隙間を見つけ、そこに着陸。取り敢えずビールを注文した。
俺は店内を観察し、耳を傾ける。やはり飛び交ってるのはボクサーの名前やボクシング用語だ。少し嬉しくなる。
誰かが俺の背中を呼ぶので振り向くと、テーブル席の4人組の1人が話し掛けて来た。爺さん、と言う程までは歳取ってないが、年配の人だ。
『日本人か?』
『そうだ』
『ボクシング好きなのか?』
『もちろんだ』
そんなやり取りが幾らかあった後、
『好きなボクサーは誰だ?』と訊くので
『ジョー・フレイジャーだ』と答えると
『お前こっちに来て座れ』と、わざわざ店員に椅子を持って来させて、俺の席を作ってくれた。
席では爺さんと、50歳くらいのオッさんが主に喋っていて、後の2人はあまり話に加わって来なかった様に記憶してる。(もしかしたら2人、2人の相席だったのかもしれないが)
とにかくそこに俺が加わり、3人でボクシング談義が始まるのだが、俺は真っ先に、おそらくこの酒場で既に何十回と繰り返されたであろう話題『どちらが勝つか?』を爺さんに質問としてぶつけてみた。
『ホリフィールドが勝つよ』という答えに小躍りしたくなったが、その理由を聞いて少しがっかりした。
『ホリィの方が顎が強いからね』
だから打ち合ったらホリフィールドが勝つと言うのだ。
顎が強い?ヘビー級だぜ?多少打たれ強くても、1発まともに食らったら終わりだよ。
『それから根性もある。ボウはビビリだ』
やれやれ。それは爺さんの時代のボクシングだよ。打たれても打たれても根性で立ち向かって行く。今はリズムとスピード。戦術と科学トレーニングの時代。
そう言いたいところだったが、流石にケツの青いガキが観戦歴ン十年の爺さんに向かって言うことではないし、何より相手を説得できる程英語を上手に喋れなかったので、その場は黙って聞き流した。ただ、俺が考えてる程ホリフィールドが圧倒的に不利って訳でもなさそうなことと、何より、ホリフィールドのファンが意外と多いことが嬉しかった。

遂に放送が始まった。それまでバドワイザーのCMを垂れ流していた正面の大きなスクリーンに、ボクサーの姿が映ったのだ。
ビールを手にした水着の美女には目もくれなかった店内の連中が、黒光りする筋肉の盛り上がったボクサーに変わった途端、皆一斉にスクリーンを睨み付ける。
男に生まれて良かったなぁと思う瞬間だ。

まずは事前の計量シーンから。ホリフィールドの体重は覚えてないが、彼が計量器に乗ってガッツポーズを見せると、店内からは一斉に
『good shapeexclamation ×2』との歓声が挙がった。
確かに、まるでヘラクレスの様な肉体だ。肌は黒曜石の如く光り輝いている。
調整は万全の様だ。

一方、ボウが計りに乗ると
『246パウンズ』とのアナウンスが響く。

『トゥー フォーティー シックス?
おいおい、トゥー フォーティー シックスだってよ。トゥー フォーティー シックス』

店内は大ブーイングだ。
『太り過ぎだ。やる気あんのか?』
『ボクシング舐めんじゃね〜ぞ』
みたいな野次(多分)が飛ぶ。

カナダは日本と同じメートル法やキログラム法なので、アメリカやイギリスみたいにフィートやインチ、ポンドは使ってない。普通の生活で『10ポンド』とか言ってもポカンとしてる。にも関わらず、『246パウンズ』って聞いただけで、それがどれくらいなのか感覚で判るとは凄いな。コイツ等、さすが金払ってこんな所まで観に来るだけある。
と関心しつつ、急いで紙に書いて計算する。
俺はボクサーのデータを正確に知りたくて、フィートやインチを小数点第2位まで全て記憶している。1パウンドは453.59gだ。この日のボウの体重は111.6kgであった。
これまで、まともなヘビー級チャンピオンでこんなに重い選手がいただろうか?前回より5kgくらい重くなってんじゃないかな。
世界チャンピオンになるとどうしても気が緩み、贅沢して体重が増す傾向にある。ボウ、コンディションは万全とは言えなさそうだ。

画面はホリフィールドとボウの過去のKOシーンなどに切り替わり、次々と現れる鮮やかなKOシーンに皆が湧く。
その興奮が冷めやらぬまま、名物リングアナウンサーのマイケル・バッファーが叫ぶ。
『Let's get ready to ramble 〜exclamation ×2
スクリーンの中の試合会場に合わせ、店の中も歓声が爆発した。さぁ盛り上がって来たぞ〜
ホリフィールドとボウの2人がリングに立ち、、ベテラン レフェリーのミルズ・レインも鼻の横を掻きながら登場。全ての役者が揃った。そしてレインの決め台詞、
『Let's get it onexclamation ×2

これが好きなんだ。
2人の大男に挟まれた小柄な爺さんが、誰よりも威勢の良い大声で叫ぶ。
彼のセリフに合わせて、俺はスクリーンに向かって大声で叫んだ。
『レッツ、ゲッディドォーンexclamation ×2

何十人もの酔っ払った荒くれ男達も、拳を突き上げ叫んでる。
さぁ行けホリフィールドexclamation ×2
店内の空気は一気に沸騰した。



今回は観戦記ではないので試合の詳細は省く。ただ、今回の日記を書くにあたって久し振りに試合を振り返り、細部を調べたりしたが、実に多くの人達がこの『ホリフィールド×ボウの第2戦』に興奮し、感動したということを知った。『自分のボクシング観戦歴上No.1』と推す人も多かった。



試合は序盤、ホリフィールドは脚を使ってボウの周りを動き回る。よし、良い滑り出しだ。
1年前の初対決では正面からの打ち合いを挑み、善戦したものの最後は体力の差で惜敗した。やはりホリフィールドの勝機はアウトボクシングしかない。
ところがラウンドが進むにつれ、ホリフィールドが前に出始めた。110kg以上ものウエイトのボウの圧力を、真っ正面から押し返し始めたのである。スタミナが切れたりボディブロウで動けなくなったのではない。明らかに自分の意思で脚を止め、打ち合いでボウの巨体を押しているのだ。その勇気と根性には敬服するが、しかしそれが成功するとはとても思えない。実際去年それで負けてるではないか。
酒場のみんなも俺と同じ考えだった。あちこちから『ホリィ逃げろ!』、『打ち合うな。脚を使って回れexclamation ×2 』と声が挙がる。しかしラウンドが進んでもホリフィールドの戦い方は変わらない。
『ヤラれるぞ?逃げろ!逃げてくれ〜』ボウのでっかいパンチが飛んで来る度に、皆は悲鳴をあげた。
みんなホリフィールドのファンだった。
みんな彼が負ける姿を見たくなかったのだ。
その場にいた男達の魂が、全て1つになってる不思議な一体感があった。

新しいラウンドが始まる度、いい加減次こそは作戦を変えるだろう、と思って見守っているのだが、やはりホリフィールドは牛の様に突進して行く。どうやら本当に本気でボウを正面突破する覚悟なのだと気が付いた。やがて俺達も、そんなホリフィールドを再び応援し出した。
『もう、こうなりゃヤケだ。何でもいいからやっちまえexclamation ×2

やがて、ボウが後退し始めた。顔付きも心無しか弱気な表情に見える。試合はそのまま判定となり、スコアカードが読み上げられた。

マイケル・バッファーは一瞬の間を空けてから、高らかに叫んだ。

『Ones Again exclamation ×2

『もう一度(チャンピオンに返り咲き) exclamation ×2

その瞬間リング上が、試合会場全体が、そして俺達のいるこの酒場が、爆発した。

セコンドやトレーナーが大はしゃぎしてる中で、ホリィはただ黙って立っていた。いつもと変わらぬ、あの不敵なツラ構えで。



いやぁ〜凄い試合だったな。まさかあの体格差を跳ね返すとは…
少し前から総立ちだった酒場はようやく落ち着きを見せ、俺も椅子に座り直した。爺さんと目が合ったが、ただニヤリと笑うだけ。
参ったよ。やっぱりボクシングってのは奥が深いや。俺みたいに知識だけはあっても、ビデオで観ただけじゃ何にも解らない世界なんだなぁ…
勇気を奮い立たせ、2つの拳だけで強い相手に立ち向かって行く。それがボクシングか。古いも新しいも無いんだな。
俺は爺さんに手を差し出すと、がっちりと握手して店を出た。

バンクーバーの静かな夜風に吹かれたかったのだが、何やら街が騒がしい。クラクションの音や叫び声が聞こえてきた。俺達が殴り合いに夢中になってる間に何かあったのか?
店の前の道は大渋滞で、クルマがノロノロと走っていた。
窓から身を乗り出した男が
『ホォーリィフィールドexclamation ×2 』と叫んでいる。
この店を出てもまだ興奮冷めやらぬ連中が、クルマで街を徘徊しているのだ。いや、店にいた連中ばかりではない。よく聴けば、あちこちのアパートの窓からも叫び声が響いて来るではないか。結構多くの人達が観てたんだな。そして観た人は、みんな興奮を抑え切れないでいたのだ。
酒場で買ったホリフィールドのTシャツを着ていた俺は胸を叩き、叫んだ。
『ホーリィexclamation ×2 ホーリィexclamation ×2
列になったクルマの窓からも、みんなが顔を出して一緒に叫ぶ。
ホーリィコールの大合唱の中、通り過ぎて行くクルマの窓から突き出た手と、次々ハイタッチを交わした。
夢の世界にいるようだった。



統一チャンピオンに返り咲き、再びヘビー級の支配者となったホリフィールド。リングの中だけではなく、ファンの心をも鷲掴みにした。

『REAL DEAL』

やっぱり彼は、真の支配者だった。

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