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2019年10月05日15:40

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【記事・拳闘】ホリフィールドが千葉にやって来た

■優しさヘビー級 ホリフィールドさん、千葉でがれき撤去
(朝日新聞デジタル - 10月03日 18:13)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5812587



1990年2月。

東京ドームが、
いや、日本全土が、
いやいやいや、全世界が、衝撃に沸いた。

地上最強、
いや史上最強、
いやいやいや、宇宙1強い、とまで言われた男が負けたのだ。

3団体統一世界ヘビー級チャンピオンのマイク・タイソンが、伏兵ジェームス“バスター”ダグラスにまさかのKO負けを喫したのである。

試合開始直後から、タイソンの動きはどうにも鈍かった。僅かばかりの不安が湧き上がったが、しかしそんな訳が無い。今夜はエンジンの掛かりが遅いのだ。今にいつものタイソンになる。その瞬間ダグラスなんて1発で倒されるだろう。
きっと誰もがそう信じていたに違いない。
ところが、幾らラウンドが進んで行っても展開は全く変わらない。タイソンのいつもの俊敏な動きは鳴りを潜め、ただボンヤリと突っ立っているだけだ。1ラウンドからひたすらダグラスのワンツーで串刺しとなる、同じ展開が続いていた。

第8ラウンドにタイソンのアッパーでダグラスがダウンを喫したが、たまたまタイミング良く当たっただけで、立ち上がったダグラスは再び元のペースで戦い続けた。タイソンもダウンを奪いはしたものの、既に相当なダメージが蓄積して追撃する力は残ってない。
結局第10ラウンドにダグラスの連打を浴びたタイソンは、キャンバスに叩きつけられる様にして倒れ、そのままKO負けと言うあまりにも驚くべき結果となった。



翌日、成田空港に姿を現した新チャンピオンは、大勢のファンに取り囲まれてサイン責めに遭い、出発カウンターはちょっとした騒ぎとなっていた。
カウンターでお客様の手荷物を手伝う業務に就いていた俺は、その光景を遠巻きに見ていた。隣にS支店長代理がやって来て、そっと耳打ちする。
『おやK君、君はサインを貰いに行かないのかい?』
『ダグラスはすぐに負けると思いますので、彼のサインは要りません』と答えると、S代理はニヤリと笑った。彼もまたボクシング好きなので、我が意を得たり、の心境だったのだろう。

チェックインを済ましたダグラスが出国審査場へと降りてくと、『ニワカ』ファンも蜘蛛の子を散らす様に消え去った。カウンターにはいつもの静けさが戻った。

1人の若い黒人が、カウンターの端っこに取り残された様に佇んでいるのが目に入った。ダグラスのジムの関係者だろうか…?
書類を記入するのに前屈みとなっていたが、書き終えて背筋を伸ばすと背が高い。
あれっ?え、待てよ…
あれはホリフィールドじゃないのか?
有名なボクサーのデータは殆ど頭に入っている。ホリフィールドの身長は189cmのはずだが、そこまで大きくはないぞ?
数m離れていたことと、全身黒尽くめの服装でそう見えたのかもしれない。恐る恐る近付いて行くと黒人青年の姿はぐんぐんと大きくなり、目の前に立つと、177cmの俺の目の前に彼の肩が位置していた。見上げると、ニタリと不敵な笑みを浮かべた様な顔。

『Mr.ホリフィールドですよね?』と訊くと、彼は少し意外そうな表情を浮かべて頷いた。

『サインをいただけませんか?』

『なぜ私のサインが欲しいんだい?世界チャンピオンはダグラスだよ?』

『次の試合で貴方が世界チャンピオンになるからです』
たどたどしい英語で、俺はそう言った。

もしもタイソンが『タイソン』であったなら、昨夜の東京ドームでダグラスは3ラウンド以内に沈んでいただろう。そして8回目となるタイソンの次の防衛戦の相手として内定していたのがホリフィールドであった。ところがダグラスが新チャンピオンとなったので、ホリィはその初防衛戦の相手となる可能性が濃厚だったのである。
目標としていたタイソンの負け試合をリングサイドで観戦したホリィは、複雑な心境を胸に、今からアメリカに帰国するところだった。

ホリフィールドは殆ど表情を変えなかったが、小さく頷いたのを見た俺は色紙を買って来るから待っててくれと説明した。全力疾走で買って帰って来ると、快くペンを走らせ、そして静かに立ち去って行った。



半年後、ダグラスの右アッパーが唸りを上げて放たれたその瞬間、ホリフィールドの右ストレートがダグラスの顎を打ち抜いた。193cm、109kgの巨体は崩れる様にしてマットに落ちた。
右アッパーを打つ時にダグラスの右肩が一瞬下がると言う癖を、ホリィは見抜いていた。最小限度のバックステップでかわし、渾身の右クロスカウンターを叩き込んだのだ。この時の彼の体重は95kg。明らかに一回り小さかった。だが緻密な作戦のもと勇敢に戦い、大きなダグラスを1発で仕留めたのだ。これぞボクシングexclamation ×2 と叫びたくなる様な一戦だった。

翌日、職場でS代理と目が合うと、2人は殆ど同時に
『思った通りの結果だった』と口にした。

世界ヘビー級チャンピオンとなったホリフィールドは、その後もボウ(196cm、112kg)やフォアマン(193cm、117kg)など、一回りも二回りも大きな相手とも真っ正面から打ち合った。体格のハンディをモノともしないその勇敢なファイトスタイルに、世界は惜しみない拍手を贈った。



そのホリフィールドが、台風で大きな被害を受けた千葉の鋸南町に、ボランティアで来ていたと知って心底驚いた。
こういうことがあると必ず
『お金があるんだから何でもできる』みたいに批判めいて言う人がいるけど、意味が解らない。お金があれば使うのに忙しくて、ボランティアなんかやってる暇が無いだろうし、そもそもどうして飛行機に乗って地球の反対側まで飛んで行き、知らない町の知らない人達を助けなきゃならないのか。ましてやレディ・ガガとかクリスティアーノ・ロナウドとかなら行った先で大歓迎を受けるだろうけど、一昔前のボクシングの世界チャンピオンなんか殆どの人が知らないだろう。だから売名行為とかにもならないだろうし、純粋に困ってる人達を助けたくて来てくれたんだと思う。もしかしたら日本でニュースになってないだけで、色々な国でボランティアやってるとか、寄付とかしてるのかもしれない。
とにかく、ホリフィールドが我が千葉県に来てくれたことに驚くと同時に、この場を借りてありがとうと言いたい。
もう帰国しちゃったのかな。もしまだ鋸南町に滞在してるのなら、是非会ってみたいものだ。そして29年前に貰ったサインのお礼を言いたい。

イベンダー・ホリフィールドの現役時代のニックネームは『REAL DEAL』で、『本物』とか『真の支配者』の意味。
やっぱり彼は本物のヒーローだ。

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