武道随感　　神楽舞からの影響

　今、人気の漫画『鬼滅の刃』の、５巻かなんかに主人公が師匠に習った剣術だけでは鬼に通じず、そのピンチを父親から習った神楽舞の呼吸法を使って脱する描写がある。僕の習ってる神楽舞では呼吸法までは云々しないのだが、意外に武道にフィードバックする現象が起きたので驚いているところだ。

　まず最初の気づきは、手の内だった。剣でも薙刀でも、前の手は柔らかく持つ。それは重々承知している…つもりだった。が、不意に、もっと上から握る前手の親指と人差し指が細い三角を作るように、柔らかく、ごく柔らかく持つことが重要だと気づいた。

　柔らかく持つことが、素振りの、特に振り上げの素早さを生む。そして薙刀特有の持ち替えの際に、素早い持ち替えを可能にする。今までも柔らかくもってるつもりだったが、まだ不十分だった。というか、人差し指をまだ結構使ってた、ということに気付いた。そうではなく、もっと小指で支えるように持つ、ということが重要なのだった。

　神楽の幣を、ぐるぐると平行回転させる舞があるのだが、その時、バトンのように人差し指回りで、上下を均等に回転させるのではない。それより、小指でソフトクリームのコーンを持つような感じで、小指を支点に回転させるのだ。

　特に幣は、小指で握らず、小指と薬指の間で挟むようにして持つ。けど、これで小指を使って支えてるのである。最初はその独特な使い方に驚いたが、その持ち方で幣を回すと、大きく回る。人差し指回りを支点にすると、棒の半分のところが支点になるが、下の方を小指で支えて支点にすると、もっと回る軌道が大きくなるわけである。

　薙刀で不意に手の内のことに気付いた。それで、なんで急にこんな気づきがあったのかと考えると、そういえば神楽でそんな練習してた、ということに思い至る。そんな神楽舞からのフィードバックが、今日もあった。

　今日は薙刀の強化合宿に出ており、県外から来た選手なんかもとも合同稽古をしていた。丸一日のハード練習である。色々やったのだが、途中、型稽古の練習をする時間があった。僕は長野のＦ君を相手にやっていたのだが、Ｆ君は上段者だし若いし体力も集中力もある。

　しかし型稽古というのは決まった型を延々と練習するので、途中で集中力が切れて惰性になりやすい。そういう中でも、僕とＦ君は中々集中力を切らさずにいい稽古をしていた。が、相当時間を過ごした後、遂にＦ君に集中力のキレが見え始めて、本人も「ちょっと休憩しましょう」と言い出した。

　僕の方はと言えば、まだ全然集中していた。僕は今までどっちか言うと短期決戦型の集中力で、あまり集中できる時間が長いとは言えなかった。が、今日はなんか、集中力が凄く長くもった。風呂に入りながら、「なんでだろ」と思ったが、ふと「神楽舞をやったせいだ」と思い至った。

　神楽舞は１２分近くある。その間、ずっと舞っており集中力をきらすことはできない。僕はここのところ、この舞を覚えるのに必死で、練習も結構していた。薙刀の型は長いものでも、恐らく２分くらいじゃないだろうか。神楽の方が手順はずっと多いのだ。

　その長い手順の神楽を集中してやる癖を身に付けたせいだろう、集中できる時間が増している。もっとも、神楽舞自体は僕の前に入った人が３年くらいかかって覚えたものを、僕はかなりの速度で覚えており、会の人から「いや、この短い期間で大したもんだ」と驚かれている。けど、その神楽舞を覚えるコツは、武道の型を散々やってきたからできるこｔだ。

　武道をやったことが神楽舞に役立ち、神楽舞がまた武道に役立っている。さらに言うと、今日の稽古は確かにハードだったのだが、あまり足の筋肉疲労を感じることなく今日を終えた。「稽古量の割には、今日はそんなに疲れてないなー」とか思ったが、ふと「あ、神楽舞をやってたせいだ」と思い至った。

　神楽舞の獅子舞は女獅子で、膝を曲げて内股で、腰を落とした姿勢でずっと舞う。結構、舞う側には負担が大きく、今、太鼓をやってるＳさんは、前は舞手だったが腰を痛めて太鼓に転向したくらいだ。実際、師匠のＯさんは、もの凄く腰を落としていて、兄弟子たちはやはりまだ腰高の印象である。

　最初これをやった時の印象は、八極拳の馬歩站椿をやった感じに似ていた。そして歩法は、空手の三戦に似ている。恐らくだが、この舞の腰を落とした姿勢をとり続ける練習が、足の抗重力筋を鍛えたのだろう。そのおかげで、今日は筋疲労が少なかったのだ。

　やっぱり神楽舞自体が、隠れた武術稽古の意味合いがあったのではないかと思うくらいだ。呼吸法はともかく、こちらが思ってもみなかったところで神楽舞をやったことの成果が、武道にフィードバックされることを興味深く思っている。