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mixiユーザー(id:15951369)

2020年02月06日07:46

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「命の使い方」

 人生の終点が近づいてくる段階に来て、自分の人生を振り返ることが多くなりました。今更、幼少期が終戦のドサクサまみれだったせいにする気はサラサラありませんが、でも確かに終戦によって日本が大きく変わり、戦前の財産を食いつぶしながら僕の人生は終わろうとしています。

 その大きな違いは、『命の使い方』にあるのではないかと思います。確かに子供のころには良き聞かされた「故郷に錦を飾る」とか「身を立て 名を上げ やよ励めよ」と言うような言葉を聞かなくありました。しかし、考えてみれば、源頼朝でも徳川家康でも日本で「奴隷制度」を確立して、庶民の生活を犠牲にしながら、自分一人の栄耀栄華をむさぼることもできたのに、そうしなかった。彼らは自分の命をかけて戦いながら、結局国内の悪を平らげて、平和な日本の建設に邁進した。卑怯な、姑息な戦略を嫌い、正々堂々と敵対勢力に挑み、世のため人のために「自分の命」を使った。

 それは、単に為政者だけではなかった。清少納言は枕草子を書き、兼好法師は徒然草を書いたし、多くの刀鍛冶は名刀を鍛えたし、狩野永徳は名画を残した。世阿弥は薪能を演じ、近松門左衛門は人情物の浄瑠璃を書いた。宮大工は伊勢神宮を建て、船大工は北前船を作った。西陣では織物を織り、南部では鉄瓶を作った。野田の醤油屋さんも灘の酒屋さんも、子弟教育のために学校まで作った。それは、単に「生きるために働く」とか「働くために食べる」と言うような、「動物レベルの欲求」を満たすための行いではなく、もう一段高い「自分の力を使って不可能だったものを可能にすることで社会のために役に立ちたい」と言う高貴な「社会的な欲求」によるものではないかと思います。

 


 「現在の新幹線がいかにして誕生したか?」を語る人は少なくなりましたが、戦後のドサクサの時代に決して諦めずに後世の人々のために「命を使い果たしてくれた先人たち」がいらっしゃったから今世界に冠たる新幹線があるわけで、多くの日本の企業があるのもまた然り、単にその方のためにだけ命が使われたのではなかったと思います。ただ、戦争中に多くの命が空しく使われたことに対する反動から、戦後「個人主義」「民主主義」「人権」「法の支配」が強調されたため、却ってこうした「社会を良くするために命を使う」行為が日本の中にではなく、海外に向けられるようになったのではないかと思います。



 小山内美江子さんも「金八先生」の脚本家などで活躍された方ですが、ご自分の出来ることをコツコツと成し遂げられて、カンボジアに350もの学校を建てられたと言います。最近はアフガニスタンで灌漑用水工事で貢献されて命を落とされた中村哲先生、ネパールで農業のり方を変えた西岡先生、さらには戦前ドイツに医学留学しそのまま第二次大戦に巻き込まれて、現地の悲惨なチフスの流行に立ち向かい命を落とされて、最近ようやく現地からの「尋ね人」で日本の実家が分かった肥沼信二医師は、今ではドイツの小学校の教科書に取り上げられているとも言います。



 これに引換え最近の起業家たちは「社会の為」「人の為」と言うよりも、「自分の為」と言う話しか聞こえてきません。僕ら以降の戦後世代は、「大志を抱く」と言うよりも、「平和と安定」思考が強く、「世界を敵に回してでも戦う」と言うような「怪物君」はスポーツの世界にしか見当たらなくなったように思えてなりません。分かりやすく言えば「歴史に名を残す」ような傑物が見当たらなくなってきたと言うことです。なぜか?「個人としての成功者」は概ね「尊敬の対象」にはならないからです。松下幸之助さんや本田宗一郎さん、井深大さん、手塚理さん、土光敏夫さんなどのお歴々は市民の暮らしを変えてくれたから尊敬されるのです。

 そんな意味で、ぜひ日本の教育に「命の使い方」を入れて頂けないかなぁと思います。僕ももっと早くこのことに気が付けば、違った「命の使い方」の人生が出来たかもしれません。
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