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2019年09月13日06:24

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「グローバリゼイション病」

 江戸時代は「日本は資本主義ではなかったか?」と言えば、ちゃんと貨幣も発行されて、大阪淀屋橋にコメ相場が立ち、北前船もあり、近江商人も居て、近松門左衛門は「大みそかの掛け取り」を描いていますから、ちゃんとした「資本主義」があり、多くの大名が「士農工商」の中で一番身分の低い商人から借金をして、サムライは笠貼りなどの内職で生活していたのだと思います。でも、気候不順で「冷害」や「病虫害」などによる「飢饉」での「一揆」の話は出てきますが、不景気による「恐慌」の話は見かけたことがありません。「花魁との道ならぬ恋物語」や悪代官の「千両箱の賄賂」の話はよくテレビドラマになりますが、「元禄バブル」が崩壊したから、「藩札」や「金貨」をやたらに発行して金融緩和で乗り切った話はありません。専ら「緊縮財政」と「新田開拓」「殖産興業」で乗り切っています。

9月3日日経の「一目均衡」のコラムで、「ある近江商人の高ROE経営」と言う記事がありました。
(引用開始)

「古文書が読めるようになりました」。フィデリティ投信で企業との対話を担当する三瓶裕喜氏は笑う。三瓶氏は日本企業の原点を探ろうと「売り手」「買い手」「世間」の「三方よし」で知られる近江商人を現代の投資家の視点で調べた。滋賀県近江八幡市に通って資料にあたり、滋賀大学の宇佐美英機名誉教授らにも話を聞いた。1700年代にはすでに複式簿記があり、期首と期末の純資産の差を利益とするバランスシート(貸借対照表)を軸とした財務の発想だった。出資者の記録も現存する。

簿記が残る中井家の「中井家資本増殖表」から計算した61年間の自己資本利益率(ROE)は18.8%に達する。会計の違いを調整するともっと高かった可能性もあるという。一例とはいえ、平均10%未満の現代の日本企業よりも、長期で高い実績を残したケースがあったわけだ。顧客や世間といったステークホルダー(利害関係者)に配慮する経営と株主重視のROE経営は相反すると考えられがちだが、三方よしの近江商人でも高ROE経営を実現した例があったのは「経済価値と社会価値は一体という教訓」(三瓶氏)を示す。

商売の実態は農家の3男や4男による商人相手の卸行商だった。近江の物産を他国に売り、他国の物産を持ち帰る。藩には保護されずリスクは高かった。他国で受けいれられるには取引相手にもその地域の人々にも喜ばれるものでなくてはならない。もしもの備えに内部留保も必要だ。質素倹約、勤勉、薄利などの家訓が規律として生まれた。高ROEの秘訣は「多売」にある。ROEの構成要素のうち回転率が高かった。需要や価格差をきっちり押さえて無駄なく物産を運ぶ工夫で資本効率が高かったのだ。

米国の経済団体は8月、株主第一主義を見直し、従業員や取引先、地域社会にも配慮する声明を出した。企業経営の潮流の変化を象徴する。米国企業の歴史を振り返ると、1950年代には、従業員が自動車を買えるよう高い賃金を支払う「フォーディズム」があった。60年代には企業が不採算部門を抱えて非効率化し、70〜80年代には株主の力が強くなってM&A(合併・買収)がさかんになった。最近では、富が偏在して消費が落ち込めば、企業にも株主にも長い目では痛手になるとの危機感が生まれている。

日興アセットマネジメントの神山直樹チーフ・ストラテジストは「正解があるわけではなく、時代によって企業に求められる姿は変わる」と話す。日本企業の課題も米国とは異なるという。ROEは海外に比べてなお低い。世の中が求める製品やサービスを生めず過当競争の産業が多く利益率が低いためだ。企業は利益を出してもお金を使わず、ため込んでいる。供給網での環境・人権問題への目配せも欧米が先を行く。優れた近江商人のように企業活動は社会に喜ばれながら利益も生む。米国の転換を「利益は大切ではない」と捉えると間違いを犯してしまう。

(引用終わり)

 要は、日本型経営がすぐれているのに、明治以降「日本人の鎖国コンプレックス」の裏返しで、「日本型資本主義」は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」で良かったのに、明治以降「世界標準」の「株主よし」を追加した結果、今日「株主よし」が異常に「太り過ぎ」になって、「三方よし」が消えかかってい居ると言うことではないかと思うのです。すると「金融緩和」で「経済が好転するか?」と言えば、「不景気の原因は需要不足なので資金は要らず、だぶつく金は株価を押し上げ、配当を増やして、日本株の7割以上外人投資家が占めていて、企業は従業員の賃金を削って配当を増やし、金融緩和で放出した金は外国に貢がれていきます。だから、GDPは伸びなくても、企業はセッセと内部留保を増やして、配当に備えなくてはなりません。

 「四方よし」など「グローバル資本主義」に目がくらむからいけないのであって、「日本型資本主義」の正当性を貫いて、世界の多くの人々が幸せになれる社会を目指せば、「戦争のない社会」ができるのです。考えてみてください。江戸時代200年間、日本国内には戦争はなかったでしょう。明治以降たった150年間に何度戦争がありましたか?
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