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2018年10月20日07:27

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「道徳教育観」

 人は「後天的に学んで身に着けるものとして『教育』があります。いろんな先人たちの考え方や技を伝授していくわけですが、「伝承者側」からの方法として

.謄ーチング:教える側が1:nで一方的に同じ内容を伝えて理解させること。
▲魁璽船鵐亜Ъ講者のレベルや能力に合わせて、理解行動させること。
トレーング:受講者が理解した内容が自発的に実現できるレベルまで繰り返し練習すること。

があり、それを受け取った側として

 崋蕁::決まった型や手法に基本動作をマスターすること。
◆崘法廖Т靄榮虻遒鯀箸濆腓錣擦燭蝓⊂況に応じた展開を工夫する応用動作を可能にすること。
「離」:基本動作や応用動作を超えて、自分独自のレベルに高めること。

があるとされています。

 世の中に一人で生きていくことは難しく、多くの人々の間で活躍して、社会に貢献していくためには社会のルールを身に着け、その「最低限のマナー」にとどまらず、大勢の人に役立つ存在としての「人格」を身に着けることが、その社会での「ステータス」「尊敬される側」として存在価値を認められます。ところがお金の貸し借りと同様、「善意の貸し借り」のようなものが派生してきて、その「お返し」のような形で「お礼」として「金品」が贈られたりします。

 難しいのは、「善意の提供」は「義務」でもなければ、「要求されて施されるもの」でもないのに、あたかも当然であるかのように存在し、言葉としては「義理、人情」と言われます。難しいと申し上げているのは、例えばお医者様に掛かって、危篤状態だった命を救っていただいた。ある人は「命の恩人」だと思い、「感謝の気持ちを表したい」として、なにがしかのお礼をするかもしれません。しかし、それが一般化して所定の費用のほかに「謝礼」を要求するとしたら、それは「善意の強要」に他なりません。これが横行すれば、大学医学部入試の加点などの不正につながります。

 「相手のクオーターバックを一発目の段階で潰して来れば使ってやる」「自分の指導を受けなければオリンピックに出られなくしてやる」などの今年の椿事も「監督、コーチ側の自分の名誉のために、受講者側に善意の行動を要求するものであり、本来フェアーであるべき指導がアンフェアーな指導に代わってしまった例で、どうしても日本人には古来「武士道」と言うどこまでもフェアーな心構えを基本として、社会を成り立たせようとする気持ちが働き、ことあるごとに「道徳教育の在り方」が叫ばれます。

 多くの農家の経営者が仰ることは「植物は嘘をつかない」と言います。人間は嘘をつくから農家を選んだと言います。でも地球上の多くは「農耕民族」ではなく、「狩猟民族」であり、彼らは「餌をぶら下げ、動物を騙し、わなを仕掛けて獲物を取る」。そこに支配しているのは「狙った獲物を裏切って命を奪うことは悪くない。気が咎めるのなら、後から教会で懺悔すれば許される」と言う世界で生きています。そうなると「対象」が動物でなくて人間であっても同じ理屈になり、彼ら「狩猟民族」にとっては、相手国を裏切って征服することは「善」であることになります。

 ところが日本人はその根本的な生き方の違いを理解せずに、「性善説」「性悪説」の個人的な見解として理解しようとします。日本人の戦い方は「公明正大に技を競い勝つ」ことが求められ、必死にルールを守ります。ですから江戸時代に百万人もいたと言われる「大都会江戸」はそんな大げさな「法律」や「裁判所」が無くても、「北町奉行所」「南町奉行所」ぐらいで、十分治安が保たれたのです。ところが、明治になって「文明開化」とともに、「悪行開花」も一気に進み、アンフェアーな「不平等条約」を始め、多くの戦役に巻き込まれ、「アンフェアーとの戦い」は未だに続いています。なぜアメリカで銃が必要かと言えば、「悪を基本とする社会」だからです。

 今、アメリカのトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」など、到底日本の「倫理観」などでは理解できるものではありません。ゴールポストを引き抜いて、アメリカに近いところに置きなおすことで「獲物を独り占め」するというのです。それでも日本人は「道徳教育」にこだわります。「北朝鮮の拉致は人道上許されない」と声高に叫びますが、彼らにとっては「拉致被害者を餌に莫大な援助をむしり取る手段」に過ぎず、餌を手放せば彼らにとって死活問題なのです。が、日本人は「邪道は許さない」と繰り返すだけです。中国が尖閣や沖縄を、ロシアが北海道を、韓国が対馬を取りに来ることは彼らにとっては「善」であり、当たり前のことなんです。日本が優れていれば、その技術を盗み、美味しいイチゴの苗を盗むことは「善」なのです。ですから昨年まで続いたサムソン訴訟でも、「判決が出るまでの間に売ってしまえ。やったもんが勝ちだ」と委細構わずスマホを売りつくし、ました。

 どうか、「公明正大好き」の日本の皆さん。北方領土返還の餌につられて、「庇を貸して母屋を取られる」ことが無いように、「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きマジ」を教えることもお忘れになりませんように!十分覚悟して「沖縄基地建設反対」をなさいますように!相手の国には「道徳教育はありません」ので・・・・。
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