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2017年10月26日07:36

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「老衰死」

 昨日読んだ「日本の病院ではなぜ老衰死ができないのか?」という記事は、考えさせられました。僕がもうすぐぶつかる問題だからです。僕の親の代は多くの年寄りは「畳の上で死ぬ」ことが当たり前でしたが、最近は5人の内4人までが病院で死ぬ。だけど病院は「人を生かすことが役割だから、救急車で運ばれて来ればどんな人でも何とか生かそうとする。その結果、普通なら「自然死」を迎えるはずの人までが「管を差し込まれたり、点滴を受けたりして、ほとんど意識はないのに、ただ空を見て体だけが生かされて、魂は旅立っている」というのです。昔のように「大往生」を遂げることはできない。これって、僕にとっては「生き地獄」なのではないだろうか?

 老人ホームでも「意思表示のできない胃瘻の患者が死ぬのを阻止されて、魂の抜け殻が生かされ続ける。先日105歳で亡くなられた日野原重明聖路加病院名誉院長の「重篤な患者には管を入れる。点滴注射を行う。尿道に管を入れる。苦しいと言えば麻酔薬を打つ。そして患者が昏々と眠ってしまうが、栄養剤をたっぷり注射する。ということの連続行為を行い、考える人間でない人間を作ってきたのです。私たちの医療は人間を人間でないものにして、人生最悪の不幸の内に週末に至らしめていたと言えましょう」という「医療を目指す、若き友へー医と医療の礎」に書かれた言葉は、僕の終末期は「安らかに眠ることを許されず」子供や孫たちの「精一杯やってもらった」という自己満足のために、「無駄な医療費」を支払い、尿院にも忙しい先生方の貴重な時間を奪い、夜間に辺鄙な僕の家まで駆けつけてくれる救急隊員の方にも、警報音で目を覚ますご近所の皆さんにも大変ご迷惑をおかけしながら、僕には「自分の死」を「安らかに迎える」ことができない。これが現実だと言います。

 それが嫌なら、世界で唯一「安楽死」を認めているスイスに行かなければ、「自分の死に方を自分で選べない」という現実にボー然ととなったという訳です。以前読んだ記事でも、癌の治療に使う痛み止めの「モルヒネ」は患者の意識を奪い「廃人」にしてしまうので、「痛がっているから」「苦しがっているから」注射をしてもらうと「会話ができなくなる」ので、ご家族が痛がっても苦しがっても「モルヒネ」は打ってもらうのを拒むと言います。そんなにして患者は苦しみながら「生かされる必要がある」のか?本人と家族が望めば「人工呼吸器の管を外しても犯罪にはならない」とはならないのだろうか?いっその事、救急車を呼ばずに、自宅で「ピンピンころり」で死ねる薬を売り出してくれたら、どれだけ多くの人々が「大往生」を遂げられるか。僕はスイスに詳しくありませんからわかりませんが、もし「安楽死」が認められれば、「自殺者」もあんな無残な「飛び込み自殺」や「首吊り自殺」などをしなくても、安楽死して警察や検死官のご苦労を軽減できるのfではないか?

 世田谷区の芦花ホームの石飛医師の言う「医療は人間をモノ扱いし、命が長いほど意味があるとした」「人間も自然の一部、自然の摂理に従えばよい」「老衰と延命治療の衝突が起きている」。特養老人ホームの中村仁一医師は「枯れる死を妨害するのが点滴。酸素吸入は延命治療」「老いを病にすり替えてはならない」「自分で飲み食いできなくなれば寿命です」の言葉にハッとさせられます。「医療者はありとあらゆる処置をして、それに対して何も疑問を持たなかった。人間は当然そうやって死んでいくものだと思っていた」と日野原先生もお書きになっています。中村先生はもっと辛辣で「大病院の医者は人間が自然に死ぬのを見ない、知らないのです」と断言されています。毎日テレビを付ければ「がん保険」「肺炎のワクチン」「医療保険」のコマーシャルがあふれています。でも病院で死ねば、何が何でも「死因」を付けなければならない。癌が28.5%、心疾患が15.1%、肺炎が9.1%、脳血管疾患が8.3%。そのあとにヤット「老衰が7.1%」。年間死亡者130万人の90%以上が65歳以上で、その8割が病院んで死ねば、無理やり「死因」を決める。でも、そんな医療の在り方が当たり前と言えるのだろうか?

 ちなみに多くの外国では病院でなくなるのは50%そこそこなのだそうです。病院の医師には「死亡診断書には老衰と記入したことは全くない。周りの医師も同じで必ず病名を書いていた」「死亡原因は病名を書くべきという固定観念が病院の医師にはあります」「老衰は病名ではありません」「救急車で運ばれてきた患者には、その時初めて診察するので病の経過が全く分からず、老衰と考える余地がなかった」「病院は治療の場なので病名を書くのが当然の雰囲気だ、他のことは思いつかない」というお医者さんに、「おかしいじゃないか」と言えるだろうか?

 僕が提案したいのは「かかりつけ医師」や「訪問看護師」に日ごろの健康状態を定期的にチェックしていただきながら、僕の「老衰化の過程」を把握していただき、「自然老衰死」を伴走してくれる制度はできないものかと思います。人間は何時かは死ぬものなのです。その終末期にお金をかけて、しゃにむに「病名を与えて」保険会社を儲けさせて、お医者さんを24時間働かせて、「死にかけ」にいろんな薬や医療器具で無駄な延命治療して、あの世に送り出す今の仕組みに、ゾッとした訳です。

 何かいい知恵はないでしょうか?
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