大林美智子詩集『フリースロー』と『ブラームスの続きを』について�供 文渋紊了輅咫法�
詩集『フリースロー』から次の詩集『ブラームスの続きを』（二〇一〇年一一月刊）が発刊されるまで、一五年が経過している。そこから推測できるのは、やはりスポーツの熱情と肉体の錬磨からくる直線的な作品から始まっているだろうことである。この詩集の冒頭の詩は「ＳＴＲＡＩＧＨＴ」という表題になっている。ぼくの印象に残った詩をあげていくと、「ＦＡＫＥ」や「フォロースルー �機廚覆匹任△襪�、それもこの後に掲載しておこうと思う。
ＳＴＲＡＩＧＨＴ
おれの掌を撃つ
きみの腕のうなり
この手のなかの
ボールの回転
きみの言葉だ
近くて
遠い
ゴール
こうるさい
ディフェンスを
かいくぐり
おれから
きみ
きみから
彼へ
シュート
決まった！
おれたちは強い
ＦＡＫＥ
ぐっと
身を低く
向かい合い
右へ
行く？
その気にさせて
置き去りにする
沸騰する激流
ドリブル二つで
遡り
叩きこむ
ボールが炎の滝のよう
リングにぶらさがった
君の目に
まだ
貼りついている
嘘
フォロースルー ��
ぐいと
勢いを
ひきもどし
膝に力をためる
ジャンプ
かみついてくる
掌と掌をかいくぐり
シュート
ミドルの力で
敵の応援席が
『叫び』に
変わる
途切れない
支配力
手首も高く
天をめざし
首をもたげた
白鳥のように
実は今日は、二〇二〇年一月一九日の日曜日で、大阪のインテックス大阪では、東京方面に住んでいる長男が伴侶をつれてイベントに参加している。漫画を描くのが彼の仕事で長い道のりの過程で幸運にも恵まれ、漫画家としてなんとか生きているようでもある。
この数日テレビでは、阪神淡路大震災の特集番組が連日放送されている。震災から二五年が経ったのだと何度も目にすると、当日のことが昨日のことのように思い出されてくる。当時は堺の中区の母の家で、ぼくの家族四人にぼくの母とで住んでいた頃だ。
地震は早朝の睡眠を根こそぎにするような激震で目が覚め、驚愕の内に、地震だと自覚した。壁際の箪笥の上のなにかが布団の上に落ちてきた。さいわいにも箪笥などは倒れなかった。階下で年老いて杖をついている母が、ぼくの名を何度も呼んでいるのが聞こえた。
「ゆりもどしが来るから、ベッドに戻り布団をかぶっておりや。」あまり適切とは言い難い物言いながら、そんなことを叫んだのを憶えている。堺の西側には海がありその向こうには淡路島がある、西北方面の海の向こうが神戸市だった。地の底を震わす轟音のような、地ひびきが布団をかぶって寝ているところに伝わってきた。
地震が過ぎたところでおきあがり階下で家族の無事をみて、ほっとしたのだが、テレビをつけてニュースをみたが、直ぐの事で何もわからないようだった。その時長男は一五歳の高校一年生で、次男が中学二年生だった。そのうちニュースの画面にヘリコプターからの映像が流されて、神戸方面の惨状が映された。そしてある方面に黒煙が昇っているのが映されてきて、「これは大変なことになる」と身体に震えがきたのを思い出す。弟が神戸の長田に住んでいるのを思い出して恐慌にとらわれた。その弟も後刻、無事だったことが判明して胸をなでおろした。
このような近況があった上で、次の詩のことが思い出されてきた。この詩人の住まいは宮城県の仙台市にある。次にあげる詩はすでに八年から九年前となろうとしている東北地方太平洋沖地震の記憶に続いているものと推測される。ある意味において時代をそれぞれに過ごしてきたわれらであったようにも思えるのだが、近年の自然の劇的な出来事は真に驚天動地のことと覚える。そのことが同時代にその地にあった詩人のことがこころに迫ってくるのである。
手を振る人
さよなら
だったのだろうか
黒い波に流されていく家の二階
窓枠にしがみつき
からだが全部
腕になったような
揉まれながら
うねりながら
人は歌うのか
くちびるが全部
いのちになったように
地に眠る種子が
すべて目覚めたような
天の星を
すべて集めたような
歌を
どう受けとめよう
さよなら
ではなかった
「カット」の合図が流されていく
横を
乗用車が
浮いていく
軽々と
相思相愛？
微笑みをうかべ 傷ひとつなく
波と
手をつないでいくのだ
柔らかく
運べ
手を振る人をも
潔い波よ
どこまでも柔らかく
彼女の靭さに見合った
やさしさで
ここには何を詩っているのだろう。今までの彼女の詩とはちがってハッと立ち止まり、動作を停止したまま、目の前に展開されたイメージを何回も反芻している自分に気付いてしまった。
東北地方太平洋沖地震は二〇一一年三月一一日一四時四六分頃、三陸沖の太平洋を震源として発生した。マグニチュードは九‘〇で、日本の観測史上では最大規模であったと言われている。またその時の宮城県で最大震度七を観測されている。
われらはこの時代に生きている。そして幸いにもまだ生かされているのである。自然はやさしく偉大であるが、また激烈で容赦がない。一切を超越してすべてに分け隔てなく訪れる。願わくばその時、幸運であることを祈るべきなのだ。そして生きてあることの感謝とこれから為すべきことを思うべきなのだ。それ以外の報いをどう死者にかえすべきなのかこころに誓う以外に思いえがけないでいる。
そのようにして時は過ぎていく、忘却がようしゃなく訪れ闇黒の過去の記憶の一線をこえて消えていく。日常の生活の煩瑣な連なりの中で、個人としてはなにを為すべきなのか戸惑っているばかりである。
この「手を振る人」という詩は、何回かこのブログでも取りあげた田中健太郎が幹事役をした詩人の集まりの為に編んだ詩誌『詩の言葉を世界に響かせよう』（二〇一九年八月二五日刊）に掲載されていたものである。先の詩集から九年が経過している。そのことからこの詩人の上にも、世のできごとは訪れ過ぎて行ったのだろう。そこから詩的転換とも思える表現上の深まりをこの詩からこころに受けとることができたと観じている。
われらが今生きている時代は、過去の人間が経験したことのない事象が起こってくる時になっているように思える。その時代に彼女の詩も自然な言葉のえらび方をとおして、エモショナルな表現法を獲得してゆるぎなく起っているというところに来ていると言えるようだ。
ログインしてコメントを確認・投稿する