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2020年08月01日02:27

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織田信長、連動する、尾張、美濃、親は敵、兄弟は第一の敵

織田信長、連動する尾張、三河、親は敵、兄弟は第一の敵

大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』第220回
【復讐する偉大な王】アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世、弟プトレマイオス14世を暗殺。プロイセンのフリードリッヒ大王、織田信長、偉大な人生は、復讐から始まる。絶望に立ち向かう。絶望を超えて、復讐を果たし、天の仕事を成し遂げる。
「人間の真の姿がたち現れるのは、運命に敢然と立ち向かう時である」「この世は舞台であり、人は役者にすぎない」
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』
大久保正雄『永遠を旅する哲学者 イデアへの旅』
【天人午睡 :世界の果てへの旅】
美は真であり、真は美である。これは、地上にて汝の知る一切であり、知るべきすべてである。
はちみつ色の夕暮れ、黄昏の丘、黄昏の森を歩き、夕暮れのアポロン神殿に行く。糸杉の丘、仏陀の智慧が覚醒する。奇想の画家、若冲は「千歳、具眼の士をまつ」といった。
天人はこの世に舞い降りて、餓鬼道の者に嫉妬され虐げられることがある。如意輪観音菩薩は、この世に生きる天人を救う。
美しい魂は、輝く天の仕事をなす。美しい女神が舞い下りる。美しい守護精霊が、あなたを救う。
*大久保 正雄『旅する哲学者 美への旅』より
*大久保正雄『永遠を旅する哲学者 美のイデアへの旅』
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1、【ルネサンス、バロックと戦国】織田信長は、西洋甲冑を着て、世界制覇を狙うイエズス会士フランシスコ・カブラルと対峙、宣教師から武器調達。長篠の戦で、タイ製弾丸。1563年ルイス・フロイス来日、1571年レパントの海戦、1575年長篠の戦、石山本願寺戦争1570-80、「宣教師の征服計画」秀吉、グネツキ・オルガンティノから征服計画を聞く。司祭、高山右近を説得(聖イグナシオ洞窟教会)、国友の火縄銃、石山戦争終結。「われは神である」信長、1582年本能寺の変。
1598年9月13日、ハプスブルグ帝国フェリペ2世の死後、5日後に、秀吉は死ぬ。
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【創造的精神】【織田信長、親は敵、兄弟は第一の敵】弟と家督争いをした戦国人。争った弟側が滅亡される。弘治3(1557)年、織田信長は、弟信勝を返り討ち。天文十(1541)年、武田信玄は父信虎を追放、弟信繁を確保。天正18(1590)年、伊達政宗は実弟小次郎を滅ぼす。母、義姫は最上氏へ逃亡。
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2、【織田信長、卓越した情報力】敵の謀を討つ。弟織田信行の謀反を返り討ち。信長24歳。桶狭間の戦い、二万五千の今川義元を迎え撃つ、織田勢四千。梁田政綱の情報。信長27歳。長篠の戦い、武田勝頼の騎馬隊を千挺の鉄砲と馬防柵で撃つ。信長42歳。天正6年、第2次木津川合戦、戦艦6隻九鬼水軍。
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3、【織田信長、幼名、吉法師】父は尾張下四郡を支配する清洲織田家、大和守家の家老織田信秀。 1546年(天文15)、元服し て織田三郎信長と名乗り、父 信秀の死によって18歳で家督をつぐ。2歳の時那古野城主。家康は三河松平忠広の嫡男、幼名、竹千代、織田家に人質として送られる。天文16年
奇妙な織田信長
【織田信長、奇妙な服装】『信長公記』によれば、信長は幼少から青年時にかけて奇妙な行動が多く、周囲から尾張の大うつけと称されていた。信長十七歳の時、父信秀の葬儀で「太刀・脇差を縄で巻いた腰に差し、髪は茶筌で袴もつけ ない、まるで鷹狩りにでも行くような服装で、つかつかと仏前に進み、抹香を掴んで投げつけた」
天正9(1581)年、左義長、正月の火祭りの儀式に「黒き南蛮傘を召し、御眉をめされ(眉毛を剃り落とし)、赤き色のほうこう(マント)を召され」きわめて奇抜な姿であらわれた。
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4、【信秀と道三の和睦、帰蝶と政略結婚、信長と道三の連携】
【織田信長、蝮の道三の娘・帰蝶と政略結婚】天文十七(1548)年、父・信秀と敵対していた美濃国の戦国大名・斎藤道三との和睦が成立すると、天文十八(1549)年、信長16歳、道三の娘・濃姫と政略結婚する。美濃・尾張の平定を視野に入れた信長の戦略は順調に進んだかに思われた。
【信長、父信秀の死】1551(天文20)年、信長18歳、3月3日信長の父・信秀が流行病で死去。 享年42歳。 信秀は生前、万松寺を建てており、ここで葬儀。 国中の僧侶や旅の修行僧なども含め、僧侶の数だけで300人。奇妙な服装で遅刻して、信長は信秀の位牌に向かって抹香を投げつけた。
【織田信長の逆境、斉藤道三の死、信勝の謀反】長良川の戦い、弘治2年(1556年)4月、斎藤道三が自身の嫡男・義龍との戦に敗れて死去。織田信勝は林秀貞・林通具・柴田勝家らを味方につけて信長に対して挙兵。8月24日、稲生で柴田勝家が敗れ、次いで林通具が討死(稲生の戦い)。信長、報復を果たす。弘治3年(1557年)弟信勝、信長を殺害しにくる。信長、返り討ち。
【絶世の美女、生駒吉乃】吉乃の子。信忠(1557-82)26歳で非業の死。徳姫(1559-1636)は松平信康に嫁ぐ。76歳で死ぬ。織田信雄(1558-1630)は徳川家康とともに豊臣秀吉と戦う。信雄72歳で死す、信長の血を残す。
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5、なぜ、織田信長は謀反されるのか。
尾張の大うつけは、自由奔放に生きた。階級社会に挑んだ。階級社会に隷属する人々は自由人を憎み嫉妬する。
織田信長、信勝の謀反、兄弟の殺害。
【なぜ、織田信長の弟信勝、病の信長を殺害しに行ったのか】弘治3年(1557)11月2日、弟信勝、清洲城へ信長の見舞いに行き暗殺を謀る。2度目の謀反。清洲城北櫓天主次の間で信長の命を受けた河尻秀隆ら、あるいは池田恒興らによって返り討ち。信長、逆境を超える
【なぜ、織田信長の弟、信勝は信長に謀反したのか】弘治2年(1556年)4月、斎藤道三が自身の嫡男・義龍との戦に敗れて死去したため、織田信勝は林秀貞・林通具・柴田勝家らを味方につけて信長に対して挙兵した。8月24日、稲生で柴田勝家が敗れ、次いで林通具が討死した(稲生の戦い)。【織田信長の復讐】
【信長の復讐、親は敵、兄弟は第一の敵】弘治3年(1557)11月2日、弟信勝、清洲城へ信長の見舞いに行き暗殺を謀る。清洲城北櫓天主次の間で信長の命を受けた河尻秀隆ら、あるいは池田恒興らによって返り討ち、暗殺。信長、逆境を超える
【復讐する精神】病で伏せる信長を殺しに来た信勝、二度目の謀反を清州城北櫓次の間で復讐を果たす。弘治三(1557)年、11月2日、信長24歳。【帝国への旅】アレクサンドロスは、父王フィリッポス2世を側近貴族によって暗殺。人生の旅に旅立つ。紀元前336年、20歳。
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6、桶狭間の戦い、連動する尾張、駿河、三河
【織田信長、逆境を超える】卓越した情報力と分析力。情報力で、敵の謀を討つ。弟織田信勝の謀反を返り討ち。信長24歳。桶狭間の戦い、二万五千の今川義元を迎え撃つ、織田勢四千。信長27歳。長篠の戦い、武田勝頼の騎馬隊を千挺の鉄砲と馬防柵で撃つ。信長42歳。
【織田信長、桶狭間の戦い、永禄3年1560、信長27歳】二万五千の今川義元を迎え撃つ、織田勢四千。5月17日、今川義元、沓掛城到着。18日、松平元康、大高城へ兵糧搬入。19日、元康、朝比奈泰朝、丸根砦、鷲津砦、攻撃。8時、信長、熱田源田夫社で戦況分析、水野信元、於大の方と面会。梁田政綱の情報収集。
【織田信長、桶狭間の戦い、永禄3年1560】5月19日、8時、信長、熱田源田夫社で戦況分析、水野信元、於大の方と面会。義元、桶狭間山、布陣。信長、善照寺砦に入る、12時、中島砦に移動。14時、信長、義元本陣を発見、攻撃開始。
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7、本能寺の変、本因坊算砂、信長の遺体、清玉上人、光秀の孤立
【織田信長の遺骸、阿弥陀寺、清玉上人】本能寺の変の直後、信長と親交のあった阿弥陀寺の清玉上人が、信長の遺骸を運び込み、埋葬した。境内に「織田信長信忠討死衆墓所」。信長だけでなく、子の信忠や家臣の森蘭丸等、一連の戦いで討ち死にした人々。光秀は信長の死を、他の武将に広報できず孤立、山崎で死す。

【本能寺の変1582】織田信長の遺体は、信長とともに育った幻の弟、清玉上人が持ち去った。信長と信忠の遺体を阿弥陀寺にて焼き埋葬。『信長公阿弥陀寺由緒之記録』清玉上人は19歳から阿弥陀寺住職。秀吉は信長の葬儀を大徳寺で行う。清玉上人は変から3年後に亡くなる。

【本能寺の変の前夜、本能寺において日蓮宗の僧侶日海上人が鹿塩利賢と囲碁の対局】日海上人は、のちに本因坊算砂とよばれる囲碁の名手、原宗安は、この日海上人に従っていた。本能寺の変で信長が自害したのち、原宗安は日海上人に託され、信長の首を密かに本能寺から持ち出し、本門寺に埋葬した。
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【信長の愛刀、義元左文字】桶狭間合戦(1560)の際に、織田信長が分捕った今川義元の愛刀。初め三好政長(法號宗三)の愛刀であつたが、其後武田信虎に傳はり、信虎より今川義元に譲られ、義元戦死の際織田信長之を得て、其の刀身を磨上げた。本能寺の変の時、流失した。
【失われた美を求めて、藝術家、思想家、皇帝は失われた価値を探求する】【失われた名城、安土城】5層7階、天正7年完成、天正10年、本能寺の変以後、消失。【曜変天目茶碗】足利義政が所有した。織田信長が手に入れ、本能寺の変以後、消失。
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参考文献
織田信長、復讐する精神、卓越した情報力、壮絶な精神・・・『戦う知識人の精神史』
https://bit.ly/2x8ZNBm
織田信長の苦悩、信長と道三、復讐の嵐。連動する美濃と尾張、帰蝶と絶世の美女、生駒吉乃
https://bit.ly/2ZvHEwX
織田信長、本能寺の変、孤高の城、安土城、信長の価値観
https://bit.ly/39FAMQc
織田信長、元亀の争乱。武田信玄の死。絶世の美女、生駒吉乃
https://bit.ly/2oacbQH
織田信長、第六天魔王、戦いと茶会・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/3gqTr5n
織田信長、茶を愛好、本能寺の変、天下布武、天下の三肩衝・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2R1G0fU
織田信長、信長包囲網との戦い、八つの戦い、比叡山、天下一の名城、安土城
https://bit.ly/2FkeiJX
織田信長、天下布武、知的で革命的。既存の階級社会、価値観を否定・・・戦う知識人の精神史
https://bit.ly/2MP00UY

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