八大龍王伝説
【628 大陸最終決戦(九) 〜奥の手〜】
〔本編〕
「失礼な物言いになるかもしれませんが、この腕輪! 銀製品の極めて高価なお品物とお見受けいたしますが、何か描かれている文様から邪な禍々(まがまが)しい印象を受けます。
むろん、改めて見直すとといった意味合いで、普段、気にもかけなければ、それほどではありませんが……。いずれにせよ、本当にこの腕輪は、シャカラ様からレナ様に贈られた品(アイテム)なのでしょうか?」
「そう言われれば……、私はシャカラ様の固有色彩(パーソナルカラー)の白い色の腕輪だから、何も考えなしにそうは思ってしまったけれど……。でも、この腕輪の色は白ではなくて、銀色ということになるのかしら。『白』も『銀』も色合い的には近い感じの色だけど……」
「ただ、レナ様! 八大龍王様の間では、『白』が第三龍王であられるシャカラ様、そして『銀』は第七龍王であられるマナシ様の固有色彩(パーソナルカラー)にあたります。つまり、全く別の色という概念に……」
「それでは、この腕輪はシャカラ様ではなく、マナシ様の関係の品(アイテム)ということになるのかしら? 今はシャカラ様もマナシ様も共に、反ウバツラ派ということでありますし……」
「お待ちください! レナ様!」
ここまで会話してきて、レナの侍女があることに気づいた。
「これはもしかしたら、八大龍王様関係の品物ではないのかも……」
侍女が話を続ける。
「例えば、第八龍王のウバツラ様は、八つの神格をお持ちの多重神格の神様で、その八つの神格が八大童子様ということになります。八大童子様も八大龍王様と同じくそれぞれの色(カラー)をお持ちです。
第三童子にあたられる清浄比丘(ショウジョウビク)様は、シャカラ様と同じ『白』。このように、八大童子様に『銀』の色を当てはめますと、第七童子のセイタカ様に!
セイタカ様は、聖皇国の黒宰相のザッド閣下と同一人物。そして、今は魔界の死者の軍勢を操る邪神であります。
……まさか、セイタカ様の関連! あっ! レナ様!!」
侍女の言葉はここで途切れた。
今の今まで彼女の話を、目の前で聞いていたレナの姿が、忽然とこの場から消え去ったからであった。
さて、シャカラとセイタカの戦いは、後五分で終わる。
つまり、ラハブの最終通告である制限時間の二十分のうち十五分が経過したのである。
相変わらず、シャカラの攻めを、右手の武器で受け続けていたセイタカは、いきなり後方に十メートルほど後退し、あいている左の掌をシャカラに向ける。
これは左掌から火球を生み出して飛ばす魔術の型であり、シャカラもそれを十分に予測し、シャカラが騎乗しているカリウスも、その警戒を怠らず、後退するセイタカをそのまま追った。
ここは、どのような攻撃であり、セイタカとの距離をあけるのは、相手に攻撃パターンを増やさせることになるので、得策ではない。
これはこの四か月間の戦いの中でのシャカラの一貫した戦法であり、これを続ける限り、シャカラがセイタカに負けることはない。
後、五分で勝たなければいけないセイタカからすれば、どこかで大きなリスクを背負い、仕掛けなければいけないが、シャカラとカリウスがそれに付き合う必要性は全くなく、近距離でセイタカを攻撃し続けるのが、最も無難な戦い方であった。
仮にセイタカのこの火球の一撃が、渾身の一撃であったとしても、それをシャカラもカリウスも念頭においている以上、躱すなど、その状況に応じて、対応すればよいだけの話である。
そのような状況下、シャカラの目の前に唐突にあるものが現れた。
そしてその目の前に現れたものは、シャカラとカリウスの二人の想定を超えるモノであった。
白い服を纏った女性――。シャカラの妻にあたるレナであった。
そのレナが、シャカラとセイタカの間の、五メートルと離れていない空間に突然現れた。
シャカラの持ち前の直感が、そのレナが幻影でも、偽者でもない、本物であることを瞬時に悟る。
そして、そのレナは生きている。
今、目の前に現れたレナは、シャカラにとって最愛な者であるため、この場に現れるモノとしては、最悪のモノであるといえよう。
シャカラは振り下ろそうとする長斧を、渾身の力で止めようと努力する。
そして、カリウスもセイタカに迫ろうとする自分の足を、こちらも渾身の力で踏みとどまろうと躍起になった。
このままでは、カリウスとレナが衝突する。
カリウスの大きさやスピードから鑑みて、それは人間と、例えれば時速百キロメートルで走るダンプカーが衝突するようなものであり、結果は火を見るより明らかである。
カリウスは、後ろ足のみならず、前足も地面に突き刺すが如く食い込ませ、足が砕けるのも厭わないほどの急ブレーキをかけた。
そのカリウスの必死の踏ん張りで、カリウスとレナの衝突は回避できたが、その間にセイタカは、シャカラ達との距離を二十メートルほどに離した。
しかし、セイタカはそこで後退を止める。そして、改めて左手を前に突き出し、魔術を紡ぐ。
セイタカの詠唱や、その緊張した顔つきから、その魔術がセイタカの魔力許容量の少なくとも八割以上であることを、シャカラは感じ取った。
セイタカがレナをおとりとして、まさに必殺の魔術を繰り出す。
セイタカの左手からは、火球は飛び出さなかった。
代わりに超高温の炎の帯が放射線状の広がりをもって、シャカラ達に向かって放たれた。
この広がっていく炎の帯の攻撃では、シャカラはレナをその場で抱きかかえることも、レナを躱し、前に出ることも出来ない。
それをすれば、レナは放射線状に広がる炎を浴び、一瞬にして燃え尽きるであろう。
シャカラがレナの盾になったとしても、超高温の炎の帯であれば、レナのどこか一部にでも触れれば、結果は一緒である。
「マスター(シャカラ)! ここは私が炎を受ける!! その間にレナ殿を抱えて、炎の射線から脱出してくれ!!」
「いや! カリウス! お前が、レナを抱きとめてくれ! その間に僕がセイタカに迫る!!」
〔参考 用語集〕
(八大龍王名)
沙伽羅(シャカラ)龍王(ゴンク帝國を建国した第三龍王とその継承神の総称)
摩那斯(マナシ)龍王(バルナート帝國を建国した第七龍王とその継承神の総称)
優鉢羅(ウバツラ)龍王(ソルトルムンク聖王国を建国した第八龍王とその継承神の総称)
(八大童子名)
八大童子(ウバツラ龍王の秘密の側近。実はウバツラ自身の八つの神格達の総称)
清浄比丘(ショウジョウビク)(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第三童子)
制多迦(セイタカ)童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第七童子)
(神名・人名等)
カリウス(沙伽羅龍王に仕えている白い小型龍。『ヴァイスドラゴネット』とも『白き小型龍』ともいう)
ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。正体は制多迦(セイタカ)童子)
ラハブ(魔界六将の一人)
レナ(シャカラの妻)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
(武器名)
長斧(シャカラの得物の一つ。文字通り長い柄のついた戦斧)
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