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2019年04月21日16:33

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八大龍王伝説 【585 黒宰相の決断】


 八大龍王伝説


【585 黒宰相の決断】


〔本編〕
 龍王暦一〇六一年並びに聖皇暦五年六月三〇日。
 結論から先に言うと、偽皇国宰相ザッドの籠る元ゴンク帝國の帝都ヘルテン・シュロスは、未だに陥落していない。
 三か月前の三月二四日。ジュリス王国イデアーレ将軍率いる二万の軍勢の奇襲を受け、偽皇国は元ゴンク帝國の全ての領土を失った。
 その中にあって、残った唯一の拠点が、ザッドの籠るヘルテン・シュロスであり、そこの守備兵は三百であった。
 ヘルテン・シュロスは、『堅き城』という異名を持つヴェルトで最も攻め難い城ではあるが、十年は籠城できるといわれる大規模な城であり、その大きさから五千は守備兵が必要な城であった。
 三百では、ヘルテン・シュロスの全ての門の守りにすら支障をきたすほどであり、二万のイデアーレ軍の前に、三日も経たず陥落すると思われていた。
 ザッドもイデアーレ軍に包囲された二四日当日に、イデアーレ将軍に明日の朝に無血開城する旨をすぐに一人の兵を遣わせて伝え、一日の攻撃中止の猶予をもらい、その間(かん)に三百の守備兵とヘルテン・シュロス内に住む元ゴンク帝國の民を含む二万の住民全てを帝都の中心部に集合させた。
 そしてその場でザッドは、明日二五日、ヘルテン・シュロスを無血開城する旨を伝え、自分の命と引き換えに、皆の命をイデアーレ将軍に保障させたと自らの言葉で皆に伝えた。
 さらに、ヘルテン・シュロス内の全ての食糧庫を開き、そこに集まった全員に食料を提供したのであった。
 籠城の準備が十分でなかったヘルテン・シュロスの食糧庫には、あまり食料の備蓄は無かったが、それでも三百の守備兵と二万の住民全員に二日分に当たる食糧がいきわたった。
 さらにザッドは、今後の生活に使うようにと、兵と住民全員に銀貨を一枚ずつ施したのである。
 兵も住民も、ザッドが最後に善行を施した上で、生を全うするつもりであると思い込み、その行為を疑う者はほとんどおらず、ほぼ全員が銀貨と食料を受け取り、その場かまたは家に戻った後にその食料を口にした。
 ザッドの集合命令を疑い、その時に帝都の中心部に集まらなかった者たちも、その話を聞き、遅ればせながら中心部に集った。
 ザッドは、その者達にも、同じように二日分の食料と銀貨を一枚ずつ施したのである。
 しかし、ザッドことセイタカ童子は、最後に善行を行うような、辛勝な性格であるはずがなかった。
 ザッドから配られた食料を食し、銀貨を手にした者全てが、数時間の後に、自らの意思で身体を動かすことができなくなり、ザッドの意思でのみ動く傀儡(くぐつ)と化したのであった。
 ザッドは、命が尽きるまで戦い続ける二万余の傀儡兵を一日で作りあげた。

 翌日、無血開城の約束を反故にされたと知ったイデアーレ将軍は、当然ではあるが、ヘルテン・シュロスに総攻撃をかけた。
 しかし、その時には二万以上の傀儡兵が生み出された後であったため、イデアーレ軍は多大な犠牲を強いられることとなったのである。
 傀儡兵は、ザッドの命令に絶対従い、老人であろうと、女子供であろうと、イデアーレ軍の精鋭に向かって、何の恐れも抱かず、戦いを挑んだ。
 傀儡兵は、ザッドの魔力で人を超える力と素早さを持ち、たとえ腕を切り落とされようとも、叫び声一つもたてず片腕がない状態で、それ以外の部位には何ら支障がないような戦いを繰り広げた。
 死をも恐れない傀儡兵を相手に、イデアーレの精鋭兵は一様に恐怖を感じたが、実際の傀儡兵も見た目とは裏腹に、心は恐怖で押しつぶされそうになりながら、腕を切り落とされた際には、その激痛に苛まれながら、声に出せない絶叫と、流すことのできない涙を流し、苦しみを抱えたまま敵に襲いかかっていたのであった。
 彼らが、それらの痛みなどから解放されるのは、四肢全ての機能を失い、死を迎えた時であり、そのような兵を何の躊躇もなく生み出せるザッドことセイタカは、神として生まれながら、その性根は地下世界の邪神と何ら変わるものではなかった。
 兎にも角にも傀儡兵の大活躍により、ザッドは、三月(みつき)に及ぶ長期の籠城を可能としたのであった。

 しかし、彼の心中は少しも穏やかでは無かった。
 ザッドからすれば、この籠城戦は単なる時間の消費でしかなく、何らかの戦略的な時間稼ぎにすらなっていなかったからであった。
 二万の傀儡兵とは言え、その肉体は人のそれと変わらない。
 心を支配されているとはいえ、腕を切り落とされれば、剣を振り回すことは出来なくなり、足を失えば、移動することが出来なくなる。
 そして、傷つき血が流れれば、傀儡兵にも死期は近づくことになるし、心臓を剣で刺されたり、首を失ったりすれば、傀儡兵も、その場で死を迎える。
 さらには、傷を負わなかったとしても、不眠不休絶食状態で動き続ける傀儡兵も、人の肉体を持つ以上、いつかは生命エネルギーが尽きるのは自明の理である。
 そして、ヘルテン・シュロスには、既に食料は全く無いので、傀儡兵が生命エネルギーを継続させる術はない。
 交替で機能を停止させ、睡眠のようなまねごとはさせているが、食料を補給しない以上、それは付け焼き刃的な延命方法で、根本の解決策ではない。
 現に三か月が経過したヘルテン・シュロスにいる傀儡兵のうち、敵の刃によって命を失われた数は三千、そして、疲労の蓄積で、生命エネルギーが尽きて亡くなる兵が八千となったのである。
 傀儡兵の数は一万未満となり、絶食により、生命エネルギーが尽きた傀儡兵は上述したとおり八千であるが、三月目(みつきめ)に亡くなった数が、この八割方を超える六千八百ということが大きな問題であった。
 つまり三月目(みつきめ)が傀儡兵の生命の限界期日であることから、まだ残っている九千の傀儡兵もほとんどが、生命エネルギーがここ数日で尽きると考えるのが普通である。
 今から一週間後に、傀儡兵の数は千に満たない状況になっている可能性が現実味を帯びてきたのであった。
 実際にここ数日は、ザッドが機能を停止させて休めているはずの傀儡兵が、そのまま亡くなるケースが恒常化してきている。
 傀儡兵の生命エネルギーが尽きた場合、ザッドが魔力でその死体を操るという選択肢もあることはあるが、それは魔力の無駄遣い以外のなにものでもない。
 神であるザッドの魔力であれば、一万程度の死体を操ることは可能ではあるが、一万の兵ではヘルテン・シュロスを防衛するのが精一杯で、ヘルテン・シュロスから攻勢に転ずる余剰兵力は全くない。
 そして、ヘルテン・シュロスを防衛していても、聖皇国軍は、王城の防衛に手一杯なので、援軍を期待することも出来ない。

 ここにきてザッドは、大きなある決断を迫られた。
 そしてついにその日がやってきた。
 聖皇暦五年七月五日。
 その日は、生存している傀儡兵の数が二千を下回り、ヘルテン・シュロスの北門が敵によって破られ、ジュリス王国イデアーレ将軍並びにゴンク帝國スーコルプアーサー帝王連合軍が、ヘルテン・シュロス内に一気に進入をはたした、まさにその時のことであった。



〔参考 用語集〕
(八大童子名)
 制多迦(セイタカ)童子(ウバツラ龍王に仕える八大童子の一人。第七童子)

(神名・人名等)
 イデアーレ(ジュリス王国の将軍。ユンルグッホ王の叔父)
 ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。正体は制多迦(セイタカ)童子)
 スーコルプアーサー帝王(ゴンク帝國の帝王)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
 偽皇国(ソルトルムンク聖皇国のこと)
 ゴンク帝國(南東の小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。ドラゴンの産地。『城塞帝國』の異名を持つ)
 ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)

(地名)
 ヘルテン・シュロス(元ゴンク帝國の帝都であり王城。別名『堅き城』)
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