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2021年10月19日09:25

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盧溝橋事件の真相・・・共産党のプロパガンダのために嘘の戦果・宣伝

中国共産党の工作員の射撃により、日本軍と国民党軍が偶発的に戦闘状態に至ったといわれているが、本当は共産党のがプロパガンダのために嘘の戦功であり、

真相は反日的な中国国民党軍下級幹部(のちに共産党に転向)により、日本軍の演習への嫌がらせで起きたようなもの。

その当時の共産党は、長征(実態は本拠地を捨てての逃亡)により勢力を大幅に失っており、再建途上にすぎなかった。

サーチナ(2009年5月15日付)によると、広東省の地元紙・羊城晩報に掲載された論説で、「中国共産党陰謀説」は「荒唐無稽な説」としながらも「劉少奇が盧溝橋事件を起こした」「劉少奇が盧溝橋で、日本軍と戦った」との記述が、共産党支配区域で配られた「戦士政治読本」と言うパンフレットに確かに書かれていると伝えている。ただし、これは中国共産党がプロパガンダのために嘘の戦功を書いたのであって「われわれ中国人の伝統的ないい加減さ」を指摘する論旨であり、このような嘘がかえって自分達の主張の信憑性を貶めていると結んでいる。


結論として日中戦争は第二次世界大戦の始まりのナチスドイツとソビエト連邦のポーランド侵攻のような不可侵条約を破棄した一方的な侵攻と日米の参戦の契機である日本海軍による真珠湾攻撃とは異なり、停戦協定を破り執拗に日本軍に攻撃して、その後上海の租界に総攻撃をした中国側にも責任があると言える(日中両国とも1941年までに宣戦布告はしていない)。

この背景には、蔣介石が中国の世論を無視し、抗日戦争を開始しなければ、中国軍の支持を失って失脚していただろうとの指摘がある。盧溝橋事件から第二次上海事変の直前までに両国の紛争が行われている中で、両国の外交官による外交交渉(日高信六郎と王寵恵・高宗武の交渉、高宗武と船津辰一郎・川越茂の交渉)が並行して行われているのが太平洋戦争との最大の違いである。松本重治は「日中戦争とは、和平の努力をやりながら戦線を拡大する、戦争をつづけながら和平工作を進めるという特異な戦争だった。日中戦争が拡大していく一方で、戦争をなんとかやめたいという和平への努力がつづけられていたのです。日中双方の心ある人々が戦火のなかでどれだけ平和への努力を払ったか、そのことはぜひみんなに知ってほしいと思います。」と述べている


ニューヨークタイムズ1937年8月30日記事では「北京での戦闘の責任については見解がわかれるかもしれないが、上海での戦闘に関する限り事実はひとつしかない。日本軍は戦闘拡大を望まず、事態悪化を防ぐためにできる限り全てのことをした。中国軍によって衝突へと無理矢理追い込まれてしまった」と報じた

1937年10月、ローマ法王ピオ11世(在位1922-39)は全世界のカトリック教徒に対して日本軍への協力を呼びかけ、「日本の行動は、侵略ではない。日本は中国(支那)を守ろうとしているのである。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」と声明を出した



■ソニーに中国当局が罰金 盧溝橋事件の日に新製品発表会は「違法」
(朝日新聞デジタル - 10月18日 19:58)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6707572
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