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2017年09月09日10:34

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このクソメガネ・パヨクの本名は宇野常寛じゃなく、幹部自衛官だった父親の名前を騙って活動しているそうです。

彼の父親はお亡くなりになっているそうだが、父の名前を騙って執筆業・評論活動するって、とても違和感がありますね。

小中高校の頃は父親が自衛官ということでサヨク教師に目を付けられ虐められたのか、それに屈して、父親にも反発するようになったのか・・

ある著書のあとがきで彼は以下のように記したという。

『父が生きていれば本書で展開した私の分析と主張に微塵も納得しないだろうし、むしろ厳しく批判するだろうと思う。しかし、私はそれで構わない。春樹が物語内で成し得たような「和解」は、私には必要ないだろう。』

典型的なエディプスコンプレックスをこじらせ、反日サヨクに魂を売ってしまったんでしょうねえ。

南京大虐殺に否定的な人を彼らパヨクは「歴史修正主義者」と批判するが、南京大虐殺などシナの蒋介石がアメリカの世論を反日親中に工作すべくでっち上げた事件が真相だ。

それを共産党政権が天安門事件以降、一党独裁支配の正当性のために反日教育を加速させ、犠牲者の数を20万人・30万人と増やしていったほうが修正主義・いや歴史捏造主義と言っても過言ではない。

今回の降板騒動にしても、彼が政治的中立性を放棄して、日本批判・ネトウヨ批判・安倍政権批判に終始し、スタジオの他の出演者にドン引きされるほと違和感のある意見を連発
(それも人の意見は聞く耳持たずに自分の言いたいことだけを言う)した結果であり自業自得と言える。

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http://agency-inc.com/uno-tsunehiro2/

評論家:宇野常寛さんのウィキペディアをみてひっかかった事がある。

「惑星開発委員会」は1年程でメンバーの卒業などの事情で一旦解散。出版関連会社で会社員生活を送りながら「第二次惑星開発委員会」を立ち上げ、2005年12月にミニコミ誌『PLANETS』を発刊。自衛官だった父親の名前を借りて宇野常寛という筆名を名乗る。第二次惑星開発委員会においてもハンドルネームを「善良な市民」もしくは「市民」と名乗り、中曽根康弘の顔画像アイコンも使用した。

・・・と言う事は、宇野常寛さんは「父の名」であり、宇野常寛さんは存在しない事になる。

精神分析の世界では、名前を重要視する。名前は名前を付けた人の欲望の現れ:象徴だからだ。ある人は言った「評論家:宇野常寛さんは父に飲み込まれた人だ」と。

私は、宇野さんの語りに耳を傾けた。彼はたまに奥さんに話はするものの、家族の話はまったくと言っていいほどでてこない。彼自身の養育環境を語る事はなかった。・・たまに父親の仕事の関係で転校が多かった件がでてくるくらいだ。

たまにでてくる宇野さんの奥さんの話はこんな感じだ。

僕たち夫婦はお互いの仕事には干渉しないですねぇ。一緒にいる時間を楽しく過ごそうって言う感じですかねぇ。
宇野さんのポリシーと言えばその通りなのだが、例えば、同じオールナイトニッポンのパーソナリティーのダイノジ大谷ノブ彦さんは、スナックを経営する実母を自分の番組に出演させたり、実父や実の弟、妻、息子の話まででてくる。

私の知る限り、宇野さんが実父や実母の話をする事は殆どなかった。辛(かろ)うじて自衛官の父を語る少ないエピソードは以下の通り。

世の中が左翼的な雰囲気に包まれている中で、父の職業が自衛官である事を告げると、その瞬間、まわりの空気が変わることが嫌だった。
極端な例えをすると、自分の父親が田母神俊雄(たもがみとしお)だと紹介した時の周囲の反応を想像すればよい。

評論家:宇野常寛さんと評論家:宇野常寛さんの実父の宇野常寛さんの関係はどの様なものなのだろうか?ずっと気にしていたのだが、謎解きは「リトル・ピープルの時代」の「あとがき」にあった。ネタバレになるので詳細は伏せる。

あとがきの一部を以下に引用する。

通読すれば明らかなように、本書は「父」というものについて考えた一冊だ。震災のような巨大な暴力を前に物書きがなすべきことはひとつで、その思考の限りを文章にぶつけることだ。チャリティや被災地支援をその文学的正当性に用いることは、自らその文学的敗北を認めるようなものだ。
従って、私のこの行為はごく個人的に、父への感情に決着をつけるためのものだ。言い換えればあの報道を目にしたとき、私は本書がその為に書かれていたことに気づかされたのだ。亡き宇野常寛がなすべきことを、今や宇野常寛である私が代行するのだ。

父が生きていれば本書で展開した私の分析と主張に微塵も納得しないだろうし、むしろ厳しく批判するだろうと思う。しかし、私はそれで構わない。春樹が物語内で成し得たような「和解」は、私には必要ないだろう。

私たちは誰もが、小さな「父」である。そして誰もが歴史という物語の保証を与えられないにもかかわらず不可解に決定者として機能してしまう存在だ。しかし、私はそのとこを不幸だとは思わない。これからも引き受けていこうと思う。

そして、自分で驚いているのだが、私は今、近いうちに子どもが欲しいと思っている。

2011年6月末日 宇野常寛



■情報番組を政治的発言で降板? 出演者の「告白」が拡散
(朝日新聞デジタル - 09月08日 21:31)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4757145
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