(4月28日 王子ホール)
やはりアンジェラ・ヒューイットの真骨頂はバッハにあることを思い知らされた演奏会だった。ブラームスやスペインプログラムで感じた多少の不満は、この夜の素晴らしいバッハで吹き飛んだ。ヒューイットは全てのリピートを繰り返した。
アリアから始まりアリアに終わる30の変奏曲は、さながら大航海のようだった。幸い舵取りとして、アンジェラ・ヒューイット自身によるCD解説を読んでおいたおかげで、座礁することなく最後までスリルと喜びに満ちた航海を続けることができた。
彼女の解説は単なる曲解説ではない。深い洞察により練り上げられた演奏論でもある。 ゴールドベルク変奏曲全体については一般の解説と同じで、最初と最後にアリアを置いた、アリアの32の低音主題に基づく30の変奏であること、変奏曲は3曲ずつのグループに分けられ、第1曲は自由な変奏曲、第2曲はトッカータ、第3曲はカノンと紹介されるが、驚くべきは各変奏曲の性格や奏法についての機知と発見に満ちた解説内容で、それは実際の演奏ぶりとほぼ一致していた。
演奏で特に感銘を受けたのは、ヒューイットが「最も崇高な曲」と呼ぶ第13変奏と、「全変奏曲の中で最も偉大な曲」と言う第25変奏だった。
第13変奏はそれまでの変奏とはがらりと雰囲気が変わり、高貴な味わいが深まる。左手のバスの上で右手のカンタービレが清らかに奏でられるが、ファツィオリの音色と相まって最高のコンビネーションを形作っていた。
第25変奏の痛ましい音楽は孤独を感じる。独り沈思黙考するような、自分の心の奥深くを覗いているような気になってくる。下行する旋律が倚音(いおん。一種の不協和音)に包まれるときだけ、一瞬悲しみが醒めたような妙な気分になるが、ヒューイットはこれを録音でもそうだが、実演でも強調していた。
ゴールドベルク変奏曲は基本的に美しく明るいイ長調の変奏曲であり、短調はこの第25変奏以外は第15、21変奏だけである。全体的にヒューイットの演奏は喜びに満ち、活気があった。
第7変奏の優雅な装飾音、第8変奏の複雑な手の交叉と正確なリズム。第13変奏からの転換が新鮮で、その華やかさに思わず笑みが浮かんでくる第14変奏。後半の開始を告げる壮麗なファンファーレのような第16変奏。テクニックを見せつけるような第20変奏。先の深刻な第25変奏から全く違う技術的に高度なトッカータに入って行く第26変奏の鮮やかさ。
そして最後にお祭りのような「クォドリベット」がくる。これは完全なエンタテインメントの世界だ。
再び帰ってきたアリアは、ひそやかに奏でられ、最後の音が消えても20秒近くヒューイットは鍵盤に指をついたまま動かなかった。
ファツィオリの音は壮麗で華やかなヒューイットの演奏にはぴったりで、ヒューイットが「フィンガーペダリング」と呼ぶ効果的な音の伸びに大いに寄与し、美しい旋律線を形作っていた。
(c)Bernd Eberle
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