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mixiユーザー(id:15218407)

日記一覧

マーラー「交響曲第1番《巨人》」は、粘っこい演奏ではなく、端正であっさりとしている。しかし、各楽章のクライマックスは、熱量が充分あり、第4楽章最後は、生演奏でしか起き得ない、突き抜けるような、この日最大の頂点に達した。詳しくはベイのコンサー

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バルダは、往年の巨匠ピアニストのように、自分のスタイルを持っていると思う。貴族的でもあり、洗練されている。即興的と思えるほど、テンポやアーティキュレーションを自由に動かすピアニスト。詳しくはベイのコンサート日記に。↓https://ameblo.jp/baybay

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リゲティ「チェロ協奏曲」は、驚異的なケラスのテクニックに唖然となる。「無から現れるように」と楽譜に記された冒頭はpppppppp。pが8つ!超弱音の繊細なこと。駒に近い高音の音程を正確にとるだけでも大変なのに、その上信じられない滑らかな弓使いで、同

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終演後の歓声と拍手はとても熱く、オーケストラと合唱が舞台から去った後も歌手とゲルギエフへのスタンディングオベイションが長く続いていた。《エフゲーニ・オネーギン》のような心理描写の緻密さはないが、ウクナイナの土俗的な味わいがあり、荒々しい音楽

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スウェーデン放送合唱団は、団員それぞれの個性がうまくミックスされているように思えた。各パートが均一に合わせて歌うと言うより、新国立劇場合唱団の指揮者三澤洋史さんが言う「個性を生かした玉虫色の合唱」の良さ、色彩感のある合唱が特長ではないだろう

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女神が天国から降臨したような清らかで天国的な声。潤いと、温かみがある。オラトリオや受難曲、レクイエムには最適な声だ。強靭さも兼ね備え、劇的な表現にも余裕があり、ワーグナーの楽劇も難なく歌えそうだ。紀尾井ホールで聴くのは贅沢な気分。詳しくはベ

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ケンショウ・ワタナベのマーラー「交響曲第1番《巨人》」は、若々しく溌剌とした表情があり、名演だった。東京フィルもワタナベを盛り上げるように集中力を発揮した。第4楽章最後のクライマックスは、爽快ともいえる解放感とカタルシスをもたらし、場内から

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ステージに颯爽と登場した知的な風貌のトマーシュ・ネトピル。指揮はダイナミックで切れ味がある。音楽の構造ががっしりとしている。オペラとコンサートの両方で活躍しており、作品の様式に合わせ演奏の表情を変える柔軟性もある。2002年ショルティ国際指揮者

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(11月22日、ミューザ川崎シンフォニーホール)ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は、バランスの良い品格のあるオーケストラ。艶々とした弦、まろやかな木管、奥行きのある金管。ラン・ランのベートーヴェン、ピアノ協奏曲第2番は、ラン・ランワールドに誘

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(11月19日、ミューザ川崎シンフォニーホール)メータの温かい音楽に感動。R.シュトラウス「交響詩《ドン・キホーテ》」は、チェロのクヴァントとヴィオラのクロスはもちろん、ソリスト集団のようなベルリン・フィルのずば抜けた音楽性が発揮された名演。ベー

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ノットはマーラーの多様性を徹底的に極めようとしているのではないかと思った。作品の様々な表情や音色、雰囲気と感情、民族的なフレーズなど、一つ一つ丁寧に描いていく。そうした緻密な指揮は、第2、第3、第4楽章で、特にその本領を発揮していた。詳しく

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ショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲」第3楽章パッサカリアのカデンツァは、シュパチェクの気迫が感じられた。雄弁で雄大なスケールがあり、彼が進化を遂げていることを実感した。インバル指揮のショスタコーヴィチ「交響曲第12番《1917年》」は、11日

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新国立劇場 ドニゼッティ「歌劇《ドン・パスクワーレ》」 (11月13日、新国立劇場オペラパレス)適役の歌手4人が勢揃い。歌も演技もうまく、楽しい舞台。指揮者もノリが良い。いくつかの美しい旋律や、ベル・カント(無理のない自然な美しい声で旋律をレガ

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マエストロの白熱教室 指揮者・広上淳一の音楽道場(11月10日、青葉区民文化センター フィリアホール)最後に講評した先生の言葉が、今日一番共感できた。『テクニックばかりに目が行き、みなさんに一番足りないのは、イマジネーションとファンタジー。』私

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ヤニック・ネゼ=セガン フィラデルフィア管弦楽団 リサ・バティアシュヴィリ(ヴァイオリン(11月4日、サントリーホール)リサ・バティアシュヴィリ。ヴァイオリンの新女王誕生。ネゼ=セガンが演奏後彼女の前に、「女王様」とでも言うように、ひざまずいた

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ストラヴィンスキー「火の鳥」全曲は、洗練された響きを作り出した。弱音部分がとても繊細で、表情がきめ細かい。決して勢いだけの指揮ではない、緻密な指揮だと、改めて感じ入った。極彩色の細密な絵巻物を見るようだった。https://ameblo.jp/baybay22/entry

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ブリテンの最後の作品である「弦楽四重奏曲第3番」は、演奏の良さもあり、感動的だった。第5楽章は、まさにこの世に別れを告げるようなマーラーの交響曲第9番第4楽章に重なった。写真(c)George Garnier詳しくはベイのコンサート日記に。↓https://ameblo

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ドビュッシー「ヴァイオリン・ソナタ」が素晴らしかった。フランス語の詩が聞こえて来るような、柔らかくニュアンスに富んだフレーズが次々に繰り出される。特に第1楽章中間部が絶品。ピアノの三拍子をバックに、ヴァイオリンが万華鏡のように変化していった

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歴史が染み込んだプラハの街並みを思わせる、落ち着いて、少しくすんだ陰影の深い音は、まさにチェコ・フィルの響き。第3曲「シャールカ」から、ビシュコフの指揮は一変した。地の底から溶岩が噴出するような熱い演奏が始まり、ビシュコフとチェコ・フィルの

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ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」を弾いたアレクセイ・ヴォロディンが何と言っても素晴らしかった。抒情性のある気品ある響き、強靭さに裏付けられた繊細さと優しさ。それは、ベートーヴェンの音楽と一致している。特に第1楽章の長いカデンツァが圧巻だ

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見事としか言いようのない演奏に、プレトニョフの力量を改めて思い知った。と同時に不思議な感覚を覚えた。プレトニョフのつくる音楽は、あまりにも美しく、どこか現実ばなれしている。人間味が希薄で、あやかしに陥れられているような居心地の悪さを感じる。

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(10月20日、東京芸術劇場コンサートホール)堂々と進軍するブラームスのスケールの大きな演奏は、巨匠の風格がある。https://ameblo.jp/baybay22/entry-12537736491.html

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ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサン ヘンデル《メサイア》感動というよりも、見事なまでに芸術的な演奏に感銘を受け、心底から感心したコンサートだった。https://ameblo.jp/baybay22/entry-12536256497.html

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ショスタコーヴィチ「交響曲第13番《バビ・ヤール》」は、全体に重厚でスケールが巨大な演奏だったが、血が凍るようなショスタコーヴィチではなく、テミルカーノフの温かな愛情のようなものを感じた。写真(c)ジャパンアーツhttps://ameblo.jp/baybay22/ent

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主役歌手陣は安定していた。オネーギンのワシリー・ラデュークは、タチヤーナに再び激しい情熱を燃やす第3幕第2場で劇的な歌唱を聞かせた。タチヤーナのエフゲニア・ムラーヴェワとの『幸せはすぐ近くにあったのに』の2重唱は公演のハイライトだった。驚か

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正直言うと、前半はリュビモフのことがよくわからなかった。印象としてはスケールの大きなピアノの教育者のようだと思った。しかし、休憩後最初の曲、ガリーナ・ウストヴォリスカヤ(1919-2006)の「ピアノ・ソナタ第5番」を聴いて、文字通り『ぶっ飛んだ!

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ヴィヴァルディ《四季》は、木嶋真優とバッティストーニ&東京フィルが、自由で遊び心のある演奏を繰り広げた。「組曲《惑星》」第7曲「海王星、神秘なる者」で、新国立劇場合唱団(女声)は、繊細な弱音と安定したハーモニーを聞かせてくれた。これまで何度

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主役の一人、ファウストのヴィットリオ・グリゴーロ(テノール)が好調で、第1幕の「私に快楽を!」から声を全開、終始公演の牽引役を務めていた。英国ロイヤル・オペラの総合力が発揮された《ファウスト》は、大人のオペラを十二分に楽しんだという満足感が

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ハンス・ロット「交響曲第1番」は、ヴァイグレがひとかたならぬ愛情をそそぐ作品であり、力も入っていた。ヴァイグレと読響の黄金時代を予感させる名演だった。詳しくはベイのコンサート日記に。↓https://ameblo.jp/baybay22/entry-12524103584.html

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マエストロ、ラルフ・ワイケルトさんの著書(本ではドイツ語表記のヴァイケルト)『指揮者の使命ー音楽はいかに解釈されるのか』(水曜社刊)が9月25日に発売されます。副題に「指揮者と指揮者をめざす方、そして音楽を愛する方に……」とあるように、専門

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