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2018年12月27日19:22

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鹿島の長年の主柱でした。ありがとう。

スーパースターとしての脚光を浴びることこそ少なかったですが、その存在はとても大きかったです。目立たなくとも、静かに熱く闘志を燃やし続けた素晴らしきMFでした。驚くほどのロングシュート、ユニホームを破かれても冷静にプレーをしたこと、忘れません。また、震災で東北に多大な被害が出た際にも、地道な励ましと支援をされたことも強く記憶に残っています。

近い将来いつかは引退というのは覚悟してましたが、それが今日だったと知って驚きました。でも、40歳手前という節目での選択も彼らしいと言えるかもしれません。お疲れ様でした。そして、日本のサッカー界を下支えしてくれたことに感謝します。ありがとうございました。

次の舞台での活躍に期待しています。

鹿島の元代表MF小笠原満男、39歳で現役引退…J1制覇7度、725試合出場
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=138&from=diary&id=5436736
(以下記事)
 鹿島アントラーズは27日、MF小笠原満男が今季限りで現役を引退すると発表した。

 小笠原は1979年生まれの39歳。大船渡高校出身で、1998年に鹿島へ加入した。日本代表でもともにプレーすることとなるGK曽ヶ端準やMF本山雅志(現・ギラヴァンツ北九州)、MF中田浩二(現・鹿島C.R.O/クラブ・リレーションズ・オフィサー)らと同期加入で、2006年途中から1年間に渡ってメッシーナでプレーした期間以外は、鹿島で活躍を続けてきた。

 ルーキーイヤーの1998年にJリーグ制覇を経験すると、レギュラーに定着した2000年にはJ1リーグ、ヤマザキナビスコカップ(現・JリーグYBCルヴァンカップ)、天皇杯の国内3冠を達成。史上初の快挙を成し遂げる原動力となった。翌2001年にはJ1連覇、2002年にはナビスコ杯制覇。2007年夏にメッシーナから復帰すると、同年には終盤の9連勝で“奇跡”とも称された大逆転でのJ1優勝を果たし、クラブ通算10冠目を獲得した。2007年は天皇杯も制している。

 2007年から2009年まで史上初のJ1リーグ3連覇を成し遂げ、2009年はJ1の最優秀選手賞(MVP)、フットボーラー・オブ・ザ・イヤーを受賞。2010年は天皇杯を制し、2011年と2012年、2015年にはナビスコ杯を制覇した。2016年は明治安田生命J1リーグと天皇杯の2冠を獲得し、今季はAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を初めて制している。7度ものJ1制覇をはじめ、獲得した主要クラブタイトルは17を数える。Jリーグベストイレブンには2001年〜2005年と2009年、計6回も名を連ねている。

 キャリア通算では、明治安田生命J1リーグで525試合出場69得点、JリーグYBCルヴァンカップで63試合出場8得点、天皇杯で59試合出場11得点、Jリーグチャンピオンシップで7試合出場1得点、ACLで44試合出場3得点、アジアクラブ選手権で9試合出場2得点、FIFAクラブワールドカップで4試合出場、アジアカップウィナーズカップで2試合出場1得点、A3マツダチャンピオンズカップで3試合出場1得点、ゼロックススーパーカップで6試合出場、スルガ銀行チャンピオンシップで3試合出場を記録している。クラブでの公式戦通算出場数は725試合、96得点だった。

 また日本代表としても活躍し、U−19代表の一員として1999年のワールドユース準優勝に貢献。2002年にA代表デビューを果たし、国際Aマッチ通算55試合に出場(7得点)した。2002年の日韓共催大会、2006年のドイツ大会と、FIFAワールドカップにも2度出場している。

 今月22日に行われたFIFAクラブワールドカップ UAE 2018の3位決定戦、リーベル・プレート(アルゼンチン)戦での途中出場が現役最後のプレーとなった小笠原。鹿島をけん引し続けた“闘将”が、選手生活にピリオドを打つこととなった。

 現役引退にあたり、小笠原は鹿島の公式HPを通じて以下のようにコメントしている。

「今シーズンをもって、鹿島アントラーズで現役生活を終えるという決断をしました。これまで自分を支えてくれた方々、一緒に頑張ってきた選手達、応援してくれたサポーター、鹿島アントラーズに関わるすべての方々に感謝しています。鹿島アントラーズという素晴らしいチームでここまでプレーでき、鹿島アントラーズでサッカー選手として引退できることを、とても嬉しく、そして誇りに思います。本当にありがとうございました!」
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