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2019年10月16日06:23

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毒蛇一代

気になっていた裁判の判決はこのとおりであった。

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5歳児結愛ちゃん虐待死事件の当事者である父親の量刑は懲役13年となり、この類の犯罪における判決ではかなり重いものとあった。
ふ〜ん。人ひとりしかも実子ではないとはいえ自身の子どもを苦殺しておいてこの程度で重いのかというのが僕の正直な感想だ。こんなやつ40年くらいムショにぶち込んで喜寿手前のよれよれの老人になった頃に未来の世間に放り出してやればいいものをとこいつを思い憎む。結愛ちゃんよ。君の霊はこれで鎮魂されるのかい?(´;ω;`)ウゥゥ。

嫌な話はこの辺にして今朝の紙面からだ。めでたいこの人の小さいながらもめでたい記事である。

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愛読A日新聞の小欄「ラジオアングル」から。あの超長寿番組「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」が開始から50周年を迎え、先週にはなんと1万3001回目の放送を達成したとあり偉業である。この番組を皆さんご存じであろうか。蝮さんが商店街の店舗や会館公民館に集う人たちの所に飛び込み現地の方々とぶっつけ本番歓談を楽しむ模様を放送するというシンプルなものである。

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蝮さんのトレードマークとなったセリフの「ジジイ!ババア!」はこの番組からなるものだ。過日インタビューで蝮さんが答えるには

「オレ決して『クソジジイとクソババア』だけは口が裂けても言わねえようにしているんだ。それが人間の尊厳だからね」。

とありああなるほどこのあたりの細やかな心配りとなおかつ確たる思想があるからしての長寿番組なのだなと感心させられたものだった。
僕実は数年前であるがこの番組の生放送に駆けつけたことがあり自慢である。拙宅から徒歩7分ほどにある隣町歩に大福の美味しい老舗の和菓子店がありそこに蝮さん来たる!の広告が出ていたので当日現地に野次馬参戦したのである。大した用意はできないものの画用紙に「まむしさんLOVE♡」とマジック書きした紙を一枚用意して臨んだ。

たいがいお年寄りが集まる現場の中にあって中年若手の僕をみつけたうわさどおりの下駄履きの蝮さんは「ヒマだねえ、しょうがねえなおまえは!」とひと言説教をもらえて嬉しかったものだった。
番組収録後には蝮さん謹製の千社札を一枚もらえた。自宅の救急箱に貼ってありこちらである。

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隣りの札は僕が学生時代のクラブでの芸名で紫紺亭圓夢と書いてしこんていえんむと読む。当時は名代(なだい)であり自慢であったが今となってはちと恥ずかしい。
紙面記事では蝮さんこんなことをおっしゃっていた。

「この名前だから(ジジイババアって)言えるんだよ。蝮にかみつかれたらしょうがないって思うじゃない。名前をつけた立川談志が偉いよね。あいつが見抜いて背中を押してくれたんだよ」。

談志師匠が名付け親の話はつとに有名だ。それまでの蝮さんの芸名は石井伊吉(いしいいよし)であり「男はつらいよ」ではこの芸名で出演していらした。
そして番組をこう評していた。

「ほんとに仕掛けがないんだよね。俺がいるだけでみんな喜んだり笑ったり、俺をからかったりしている。みんな人恋しいし笑いたいんだよ」。

この言葉が番組を集約している。そして最後がこうだ。

「下向いてる人はどんどん来てほしいね。いつか最終回が来ますよ。まああと2、3日は大丈夫だ」。

いいなあ蝮さん。さすがは芸能界の「すきま産業」だけのことはあります。2、3日と言わずもう10年は頑張ってくださいよ蝮さん♡。

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また来てくれないかなあ蝮さん。できれば今度はすぐ近くの酒屋に。なにしろあそこの大常連さまだもんね僕。まあんなとこ来ないよなあ(*´Д`)。
その酒屋に日月曜日にレジに入るIさん宅のサボテンの花。

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今年もみごとに咲きました♡。
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