"やり方が汚い"と、"ずる賢い"という境界はどこにあるのだろう
ヤドカリとイソギンチャクが共存できるのは
イソギンチャクが毒を出して他の生物からヤドカリを守り、
イソギンチャクはヤドカリに乗って移動できることからWin-Winの関係にある
このレベルだとずるいとは誰も思わず、美しさすら感じる領域である
ではコバンザメはどうだろうか
なんとなく卑怯とは思うが、ずる賢いイメージにならないだろうか
コバンザメはサメに対して実害を与えておらず
餌のおこぼれや寄生虫などを得ている
一方のサメはなんとも思っていなさそうである(実際どうかはしらんけど)
権威あるものによりすがっている姿は確かに批判されることはあれど
それも生き方の1つだと容認されているものである
ちなみに政治の世界では公明党はコバンザメに該当するクズ組織である
では転売はどうか
転売は企業が用意した市場を利用し、
購入者には一方的に実害を与えている
これは"寄生虫"である
日本人は努力=善、楽=悪なので苦労しろという風習があるような話は聞くが
今どきそんな考えは老害認定され、ツイッターで晒されるネタになる。
「目的を達成するためにいかに楽をするか」については見直されつつあると言える
しかしそれは他人に迷惑をかけておらず、
良心に反する行動をとっていないことが前提に適用されるものである
"やり方が汚い"状態で転売すると批判の対象となり、
"ずる賢い"状態での転売はセーフと見なされる
その境界はコバンザメと寄生虫の間あたりにあると言えそうだ
ところが共存関係にある寄生虫も中にはいるもので
クリーンな転売、グレーゾーンな転売、アウトな転売が存在する
転売擁護派はこれらを一緒くたにして物事を語ってはいないだろうか
いかがでしたでしょうか()
・参考資料
ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門 / 木村 尚義 / primeリーディング
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