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mixiユーザー(id:1418555)

2019年12月01日02:21

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人生って、ひとことで変わったりするのねの巻

テレビでガールズ競輪1期生の高松美代子が紹介されてた。
ギャンブルは一切せえへんのやけど、親戚に日本のトップ選手のひとりが居たこともあり、というより、なんしか自転車競技やし、競輪だけはちょこちょこチェックしてる。

2012年、女子の競輪が50年ぶりにガールズ競輪として復活したときに驚かされたのが高松美代子。
名前からして昔やん。
真由美と美代子は昭和30年代には人気の名前やったけど、40年代以降はほとんど使われへんなっていったからね。
それでも、真由美は平成の最初の頃まではあったものの、美代子はまずないんちゃうか。

で、その高松美代子のなにに驚いたかっちゅうと、1962年生まれの50歳やっちゅうこと。
競輪選手自体、50代までやる人はほとんどおらんっちゅうのに、デビューが50ってメジャーの伝説の黒人投手サチェル・ペイジも真っ青やろ。
そのときいっしょにデビューしたのはいずれ劣らぬ実績の持ち主で、バリバリのアスリートばかりやっただけになおさらびっくりやわ。

どんな人なのか調べてみた。
マスターズの全日本ロードレースを5連覇、東京糸魚川300キロロードでも5連覇を含む優勝8回。
うわっ、女子ロードレース界の伝説と言うてもええ存在やん、
そやけど、そんなすごい選手やのに、なんでいままでオリンピック候補とか実業団で名前が出てこんかったんやろかって謎はあった。
競輪選手になってからも、17年に引退したとき、ちょっと話題になった程度やしね。
通算成績が323戦3勝では話題になりようもないのはたしかやとは言え。

番組の中で、その高松美代子の経歴について説明してて、腰抜かすかってくらいびっくりしてもたやん。
なんと、ガールズ競輪1期生高松美代子は、自転車競技を始めるまでは普通の主婦やった。

いまを去ること27年前、長女を環境の良い幼稚園に通わせたいと思って、片道5キロを下の子と合わせてふたり乗せた自転車で往復しだしたんやて。
朝夕2回、合わせて毎日20キロのロードワークを続けること7年、子育てもひと段落ついたかなと言うところで、知らないおじさんから声を掛けられる。
「あんた、自転車やってるの」
自転車乗りはいつも人の太ももを見ている。
美代子さんの脚を見た自転車好きらしいおじさん、あまりにもよく出来上がった筋肉に、思わず聞きたくなったらしい。

それを聞いて初めて自転車競技をやってみようと思い立った美代子さん、なぜだかいきなり300キロロードに出場して好成績を収めてしまう。
すっかりその気になってしまった美代子さん、出るレース出るレースで勝ちまくり、もう国内には敵がいないところまで行ってしまう。

そんなとき、ガールズ競輪の選手募集が発表され、年齢制限が設けられていなかったので、49歳の美代子さんも受験、見事合格し、プロになった。
修善寺の日本競輪学校は、ほかのギャンブルレーサー養成学校と比べても厳しいことで有名なのに、美代子さんに取っては天国やったんやて。
1日3食、自分で作らなくても出てくるし、洗濯も自分のだけやればいいからと。
主婦って大変なのね、この世で地獄にいちばん近いとも言われる競輪学校を天国だと感じられるとは。

てな感じで、まあびっくりの連続でしたよ。
長い間競技してきた人ですらプロになんかなかなかなれるもんやないのに、ママチャリで走り続けた結果、脚が出来、見知らぬおじさんのたったひとことから競技に目覚め、50歳でとうとう競輪選手になってしまったって。

人生って、なにがきっかけでどんなタイミングでふたりは出会ったんだろ、やなくて、どんなことになるかわかったもんやないね。
歩みを止めない、変化を恐れない、思いついたらやってみる。
いやいや、勉強さしてもらいましたわ、ぽてちん。

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