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2022年04月13日19:29

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『浜辺のルイーズ』

3月に東京都写真美術館での「世界の秀作アニメーション」で鑑賞。
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(私にとって)途轍もなく良かった。上映してくださったこと、観られたことに心から感謝する。
監督のジャン・フランソワ・ラギオニー作品は50年も昔から大好きで、鑑賞の機会を逃さないよう心掛けてはいたのだけれど、『お嬢さんとチェロ弾き(1965)』を筆頭に粒揃いの短編作品に比べて長尺作品の出来栄えには波があって、『絵の中の小さな人々(ル・タブロー)2011』や中編『大西洋横断(1978)』は素敵だけれど、『グウェン(1985)』や『おサルの話(1999)』はあまり芳しくない。
アニメーションは実際に観ないと計れないので、この『浜辺のルイーズ(2016)』も観るまではとても不安だった。
でも、そんな不安を一掃する出来栄え。
冒頭の、浜辺で大きな手付き網を持って漁をする娘の絵から心が震えた。
海辺の脱衣小屋、海岸の人々。白くそびえる崖。
頭の中にマイ・フェイバリットな短編『お嬢さんとチェロ弾き』の場面が浮かぶ。
心がさざめく。
ああ、ラギオニーさんは、ここへ帰って来たんだ。
監督としての集大成。そんな風にも見えた。

浜辺のリゾートで一人、夏の日を過ごす老女ルイーズ。
夏が終わり、バカンスから元の生活へと人々が引き上げる頃。
ルイーズは町を去る最終列車に乗り遅れ、たった一人で浜辺の家に取り残されてしまう。
気づいた誰かが迎えに来ることを信じて工夫を凝らし、一人の暮らしを始めるルイーズ。
秋が過ぎ、冬が来ても浜辺の町には誰一人訪れない。
いぶかしみながら日々を過ごし、一匹の大型犬と共に暮らすようになったルイーズの元に少女時代からの思い出や昔の友人が次々と立ち現れる。
やがて再び夏が訪れ、浜辺の町はバカンスを楽しみにやって来た人々でいっぱいになる。
ルイーズは彼らの中で元の通りに暮らしている。

不思議で不穏で幻想的な話。
ルイーズは実はどうなったのか、今はどうあるのか。あのパラシュートを背負った白骨死体は誰なのか。かつて何があったのか。
作中でははっきりとは明かされない。
考察は可能だが、それを考えるよりも、今、目の前にあることをそのまま受け止め、感じ取る方がいい。
その意味で、これはアニメーションではあるけれど、極めてフランス映画的だ。
思慮深く豊穣な幻想世界。それをどこまで受け止められるかは観る側に任されている。
ラギオニー監督が昔から様々に描いてきた海のモチーフと奇妙な味わい、そこはかとないユーモア。静謐で不穏な雰囲気。底に流れる静かな諦念。
それらをそのままに、ラギオニー監督がまた一歩、高みに上った感がある。それが彼の信奉者である私にはとても嬉しい。

切り紙でそのキャリアを始めたラギオニー監督だが、本作はデジタルを使った作品。
背景も人物も含めた画面全体に画用紙の紙の質感そのままの凸凹模様が配されており、それが背景と人物、両者の一体感を醸し出している。
中間色を生かした背景の色調と人物の色調もマッチして優雅でさえある。
以前の作品『絵の中の小さな人々』ではラギオニー監督の好む画材であるグワッシュを使った絵がそのままデジタルで動く技法が採られていたが、今作『浜辺のルイーズ』はさながら動く水彩画とも言える。
それはそのまま監督の進境を表わしていて心打たれる。
人物や犬の動きは自然で巧みで破綻がない。上手いスタッフが揃ったのだろう。
そうしたスタッフワークもまた監督の力量を示すものだ。
作中で嵐が来る。天候の変化を流れる雲の早さが表わしている。
曇り空は背景画で描かれ、その画を移動させて(引いて)撮影することで大気の流れを表現している。
荒れる波の表現も同様。
これは、その昔の切り紙時代の表現技法をデジタルに置き換えたもの。
デジタルを見事に使いこなしている。
以前はここまでの技量ではなかった。
監督個人の力というよりは有能なスタッフに恵まれているのだろう。
先程言ったように、それもまた監督の力量だ。
これは2016年の作品。1939年生まれのラギオニー監督、当時の御年77歳。
今作ではルイーズに語りかける犬の声を自ら演じてもいらっしゃる。
エンドロールのキャストにその名を見た時は驚いた。既に『絵の中の小さな人々』で画家の役で出演もされてはいるが。
様々に進境著しいことを心から寿ごうと思う。
いつかまた何かの折に再見出来たならこんなに嬉しいことはない。

本作は2016年8月の第16回広島国際アニメーションフェスティバルでラギオニーさんが大会の国際名誉会長を務められた際の特集上映で『ルイーズ バイ ザ ショア Louise by the Shore』の題で1分26秒と3分38秒の抜粋が当時の監督の最新作としてお披露目上映されている。
が、その後、完成した本作が2019年11月に大阪で開かれた「シニア女性映画祭」で上映されていたことは全く知らなかった。
なので、それを見出し、今回のプログラムに入れて下さった主催者の方には心から感謝してやまない。
なお、この2016年の広島で、ラギオニー監督は『浜辺のルイーズ』について、自分は見捨てられた人というモチーフに関心があり、久しぶりにそれと対面した、と語っている。
示唆に富む言葉と思う。

短編作品を含めればラギオニー監督は実は多作な部類の作家。
DVDなど何らかにまとまって欲しいし、特集上映なども可能なのではないかとも夢見てみる。
名前の呼称は現在ではラギオニが優勢らしいが、個人的な感慨から古典的なラギオニーのままで書いてみた。今年で御年83歳。どうぞお健やかでいらっしゃってほしい。

写真はおまけ。2016年の広島で広報誌にいただいたラギオニーさんのサインの1つ。
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