mixiユーザー(id:13658569)

2020年10月23日21:52

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表現自由はこの場合「体が悪い」。

ん〜…。
これに似た事例が過去にあったような記憶が…。
(酒鬼薔薇聖斗に拠る一件だった…だろうか!?)

その際も物議を醸しだし、議論が湧いた気はするのだが、
共通して言えるのは「目的や理由、公開設定の為の周到な論理」が絶対条件という事。

無論、論理だけではなく、様々な心理的・社会的ハレーションのための防御策、
安全装置、二重三重の緩和手法…これらを用意しないと、公開の有益性とするものは
殆どが失われる…いや無益、マイナスとなる可能性が多分にあるからで。

主張される「表現の自由は死刑囚にもある」というロジック。
論理性だけに特化するならば、
“人は生を受け全う・行使されている限り、表現や言論の自由”は所持されている…
との解釈が成立する。

但しその一方では、死刑制度等の別な問題とリンケージしながらも、
罪を負う立場である事を前提に、一般市民と同等を有する…かどうか。
いわゆる、憲法由来の各種「自由権」について、個別に照らし合わせる限り、
片や刑法に沿った司法裁定が下された状態とを並列に考えると、
死刑囚が一般市民と同様の自由質量を所持している…とは言えないはずなのね。

ざっくり「社会権」「精神的自由権」「身体的自由権」「経済的自由権」…
これらに分類、以下に各種の自由権利が連なるわけだけど、そのうち
表現の自由は「精神的自由権」に分類され、“身体的・経済的”の自由権と比べて、
死刑囚に持つことが許容範囲と解されるのは「精神的自由権」。

とはいえ、精神的自由権の中にある項目のうち「集会・結社の自由」について、
刑法収監者には事実上持てない構成になっている。
それに対し「表現の自由」は、原理的にも外形的にも、他の権利よりは
「持ちやすい」〜「持つことは可能な状態」…と言える。

問題は、その表現(または言論)を一般市民のように、
どこでも自由に実行行使出来る状態にあるか?だ。答えは「ない」。
その点では「制約を受けている」状態にある、と。つまり「一般市民未満の状態」。

ここで重要なのは「制約を受けている死刑囚の表現自由」を、
第三者が間接的な手段で、代替的に発表行使することが可能なのかと、
そのことが「公共の福祉」概念との間で、擦り合せの上“社会的な許容”を
得られるのかどうか…という、「社会倫理性」の観点を別に検討しなきゃならない。

おそらくは、上記のうちの前者…すなわち「代替で公開する権利」が、
第三者の側に存在する…という見方は一応可能と思われ。
問題は後者。「公共福祉〜社会倫理」。ここが極めてセンシティヴでデリケート。

したがって、制約下の死刑囚権利と第三者を介した公開の権利を行使し得るのは、
公共福祉の機能を経た上で「社会的理解」がどれだけ得られるかの
「前段工程作業」が必須ではないか…というのが個人的な見解。

逆に言えば、前段工程作業なき公開、また前段工程作業と一定程度の社会合意、
理解なき公開は、公共の福祉機能からすると
「不十分〜社会倫理に照らして妥当性を有しない」との解釈になり得る。

以上のことから言えるのは…。
死刑囚に拠るこの手の公開について、「表現の自由」を理由にするのは不適当で、
然るに「展示会・展覧会」の形式に設定するのも妥当ではない、と。

つまり、犯罪者心理や社会学等の研究、並びに学びとしての観点・属性として
扱われるのが適当で、表現という自由性や文化性を伴わせるのは、
公開を行う第三者である一般市民側としての、「社会的責務」の範疇にも
及んでしまいかねず、諸々を考えると非常に厄介であるばかりか、
デメリットをもたらす懸念が大きく付き纏う。
だからこそ、相当な事前準備が必須であると思われ。

早い話、それが出来ないなら「公開すべきではない」。
その反対に、準備が万全ならば「狭い範疇」で公開はあってもギリギリ許容範囲内と。
なので「観たくない者は観なければいい」で済むほど容易な事柄じゃない。

その話とは全く異なるけども。
ここにある「被害者遺族感情」というのを躊躇いなく、いつでも容易に用いるが…

それ自体は確かにそうなんだけど、「司法裁定〜刑執行」以後の遺族に対して、
では社会や世間がどれだけ遺族を包摂しているか!?。殆どないだろう。
報道が過ぎ去れば、死刑執行されれば「悲劇物語は終わり」。
事件・報道の上塗り状態でまた次のネタに飛び移り、その都度忘却していく…。

それを「世の常」として片付けられるか!?片付けていいと思っているのか!?だ。
「その後の被害者心情・心痛は、自己責任化のうえ処理すべし」となってないか?

死刑囚への批判は結構だが、本当に遺族の感情を慮るなら、
永遠に続くだろう、その後の苦悩に対して寄り添う“社会的責務”を自覚しているか…
そのことを一度、冷静に考えるべきだろうと思うのだが…。

植松死刑囚の出展する展示会が物議 遺族への配慮欠くと批判も
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=145&from=diary&id=6278552
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