mixiユーザー(id:13658569)

2020年05月27日00:35

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法律による、言論一律制御の危険性。

これ、短期的に考えるべき側面と、中〜長期的に考えるべき側面との
「立体的・複合的問題」として丁重に扱わねば、寧ろ思わぬデメリットを
言論空間にもたらす恐れがありましょう。

つまりは「言論封殺への誤った傾倒化」。
過剰な取り締まりや抑制が、かえって悪い方へと向かう懸念。

性質も背景も異なるものの、今般コロナ騒動の過程で派生した「自粛警察」・・
これと同類の『過剰・過大な監視〜抑圧社会』を、「良い行為」だとの傘に紛れて
増長させてしまう恐れ・・。

「言論、表現の自由」と「人権、名誉、プライバシーの権利」、この相関と整合性。
これを、一つの法律で不整合性をもたらしたり、あるいはSNS・プロバイダ等に
法的責任を過大に背負わせるような有り様となった場合。

ここに過度な「萎縮効果」を派生させ、管理者毎で基準の差異や、
境界線が明確に定まらない事を理由に、ずっと手前の段階から
削除・規制する傾向になれば、健全な言論プラットフォームという名目は、
この時点で体を成さなくなる危険性も。

したがって、法整備はよほど慎重を期さねばならず、
法曹界や各方面の識者等々、幅広い見識を持ち寄り吟味をしないと、
非常に危うい国家へとまっしぐらになりかねない。

一方で・・。
現にこうして痛ましい犠牲があるのは否定しようもなく、
放っておける状況に益々ないのは言うまでもないことで。

本件ニュースを詳細に渡って知り得てないので、正確な所までは言えないが・・
一つ言えるのは、利用する(利用していた)SNSにある「機能面」がどうであったか。

今般の犠牲者をはじめ、多くのユーザーによる利用背景・心理を考えるに、
一つには「反応を知りたい」という、割りと純朴な心理要素がある。

今回の場合に特化すると、自身への「番組評やキャラ・演出評価」。
良かったのか悪かったのか、どのように多くには映ったのか・・など。
木村さんという人による、「一人のタレント演者」の評価軸と、
「一人の個人」としての評価軸・・。
それを純粋に知りたい・・という潜在欲求があるから、SNSを能動的に用いていたと。

これはタレントという立場に限らない、一般人の多くも同じであるのは言うまでもなく。
知りたいと思う欲求に、SNSというプラットフォームが用意されている。
逆に、知らしめたいという「他者の欲求」を叶えるためのプラットフォームでもある。

その意味で、両者共々に「良質・健全な意思背景」も、
反対に「悪質・不健全な意思背景」も両方混在してしまう危険性があるわけで。

その事に対する再認識を、ユーザー両者が今一度持つことを前提に。
この際『SNSの凡そ全てには、書き込み不可の選択設定』を実装させたらどうか。

一部のSNSには既に付加させているだろうが、これを機に一層網羅させる。
木村さんが利用していた実際のSNSが何で、どういう態様にあったかどうか知らないが、
結果としてご本人が「悪質な批判を観てしまった・観られる状態にあった」ことが、
先ず第一義的なきっかけ要素だったのだろう、と。

だとすれば、逆に見えなく・書けなくされていればよいわけで、
不安感や心理的耐性が伴わない、自信がない、悪影響を懸念するというユーザーは、
一切につき「目に触れない状態」に先ずは置く・・ということが必要。

となれば、それでも悪質な批判をぶちまけたい者は、自ずと「書ける場所」へと
移っていく他なく、自ずと当事者本人からは遠ざかっていくことになる。
そうやって「隔離・分離」していくことが短期的施策だろう。

そしてやがて、「書ける場所」は自ずと限定化されていき、
いわゆる「ナントカの掃き溜め場」に集約。悪辣な掲示板に観られる
「裏通り」にしか存在箇所はなくなるわけで、その領域にさえ近づかなければ、
心理不安を抱えるユーザーは、少なくとも「危険が減る」。

悪意を持つ者は、そのような内容でもって
「自身の存在を誇示したい」という欲求があるからに他ならず。
ざっくり言えば「かまってほしい(寂しい)」。

そういう者から全ての言論を、いきなり奪うのではなく「生きながらえる場所」を狭く、
僅かの場所に追い込んでいく事が必要。
そうやって「社会の中で正当に生きるには(コミュニケーションするには)、
最低限の規範が必要である」ことを、閉鎖的な場所で自覚させる方向に
持っていくのが肝要だろう。

ネット中傷、特定へ改正検討
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=6095755
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