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2019年05月07日18:58

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住み良く暮らしやすい地域は、自分達で作るものであり、「人間次第」で変わる。

この手の記事ネタって、よく出て来るけども・・
どれも大抵は「環境面」が主体、理由背景にしてるものが多く、
それはそれで有り体でもあるし、別段構わないのだが。

しかし、厳密に考えれば考えるほど「住めば都」という解釈は、
現代の広い事情を勘案すればするほど“大雑把で”、実は「不正確」とも思うわけで。

主題の環境面に特化すると・・即ち「自然環境」と「人工環境」があって、
どちらがどのように存在しているかによって、感じ方は幾らでも変わり得る。
幾ら自然環境がありのままでも、不快さを助長することもあるし、
反対に、人工環境が人間にとって快適性をもたらす場合もあれば、その逆もある。

東京などの首都圏は、言うまでもなく「およそ人工環境で構築された居住区」。
そこに、商業や各種の公的な施設、態勢が整っていれば、それを暮らしやすさとし、
住みやすさとすることが出来るのか否か。

他方、各種の態勢が不備であろうとも自然環境が充実し、人工的ではない
「有機性」を主体にした居住区・・即ち地方や田舎が暮らしやすい、
住みやすいのか・・。人それぞれで、尚且つ年齢や立場、各々の条件で
幾らでも変わり得る。

住みやすいと思っていたものが、ある時期を境にそうではなくなったと感じる、
その反対も有り得る・・その要因が、態勢の変化なのか、自然の変化なのか・・。

記事にある上位の内容は、利便性、経済性、商業性、自然性・・この辺りが中心も、
実はそれだけで「暮らしやすく、住みやすくなる」わけじゃ全く無いのよね。

田舎であれ都会であれ、人が住む以上基本的に「人間社会」で生きることになる。
したがって、そこに住む以上「都」となるか否かは「住民性(人間性)」に
掛かって来るってこと。

どんなに利便性その他が良かろうと、街を歩く、隣近所の人間が荒んでいれば
そこは「地獄」。どんなに自然が豊かで空気が良かろうと、住民性が悪ければ
そこは「地獄」。その住民性も、自分がある年齢域や各種の要件が変化する毎に、
感じ方が変わって来る。

また、比較的住民が固定化されている田舎の地域と、流動的な都市部。
良いと思っていたのが悪くなることもあれば、人口推移によって色んな変化にも至る。
何処かを、何かを一時的に切り取っても正しい評価にはならず。

一方で、人間社会や住民性は、地域毎の「庶民性」や習慣、伝統性も絡む。
その外側は、地域を包括する「行政性」。その中身によって差異があり、
あるいはその行政性によって変質もする。

更に、地域行政の外側には「国の政治性」があり、それによっても変質する。
ある時代、年代は住み良いと思ってたのに、ある頃からそう思えなくなった・・
それは単に地域のスポットに原因があるのか、それとも政治や時勢によるものか・・

人々が荒むか荒まないか、良好な人間社会を構築出来るか否か、
その鍵は最終的に「国のあり方」や「舵取り」にあるのよね。

極端に言えば、戦争や紛争があるのに、都会や田舎に関係なく住みよくて
暮らしやすい地域などなくなるわけでね。
経済情勢が何かの理由で急激に悪化すれば、何処でも皆環境は悪くなっていくのでね。
国が定める、政治による価値観や定めが不健全なら、幾らでも地域や人間社会は
変わり得てしまうのよね。

全ては「人間次第」、「地域の住民性次第」「国次第」。
国の運営も、司るのも人間であり、司る人間を選ぶのもまた人間。庶民。
そして、以後の行政を監視し、ちゃんとやるよう自治を行うのは他でもない、
我々庶民であり「人間」なんだな。

他力本願で、何かや誰かに全面依存して住みよく暮らしやすい地域は構築されない・・
良い地域は、自分自身が何某かの参加をしないと生まれない・・ってことなのよね。

この大原則について、いい加減そろそろ真剣に考えた方がいいと思うんだがねぇ・・。

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https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=45&from=diary&id=5609003
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