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2018年11月02日17:02

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本来の「自業自得」とは・・。

内容、“ながら聞き”ではあったけど大体殆ど耳にして・・。
現状、最大限のことを話したと思うし、特段の批判を受けるべくな箇所はなく、
当の“責任云々”の部分も極めて真っ当に淡々と述べられていたと思うね。

で、元来の「責任(自己)」について昨日も散々触れたけども、
それ以外に表出する文言で、御本人も口にされた「自業自得」・・。

稚拙な者が「自業自得だろう!」とし、批判の常套句として何の疑いなく
軽々に用いているが・・。

詠んで字の如く、自業=自分の行い。自得=その結果を得る(受け入れる)。
したがって、彼が自業自得だと口にしており=この結果を受け入れている
(認めている)のだから、「自業自得だろう!」なんて声高に言った所で「無意味」。

何よりも、今回の結果が出る前に「自己責任」として行動しており、
「自業自得となること」を前もって予告/補完しているのだから、
今更他者がこの段に来て「自業自得だ!」と上から目線で言っても実に滑稽なのね。

その他者が正当性を持つのは、「本人がこの結果を受け入れない」、あるいは
「この結果は自分のせいではなく他の何かなので、自分は一切悪くない・・」
と示した場合に限るんであって。

一方・・。この自業自得、実は本来の意味とは異なって・・厳密には
「不十分なままで」使われているのを殆どが知らないのね。

上記のように「自分の行いによる結果」と「運命を得る」という意味合いがある。
即ち「自分の行為が自分の運命を生み出す」というのが本来の意味。
運命・・つまりこれは宗教観から来るもので、自業自得とは元々「仏教」由来の言葉。

ゆえに、今回のように「悪い結果」の場合だけではなく、逆に「良い結果」の場合も
当然含まれるのであり、どちらにも等しく使われるべきな言葉。
がしかし、一般世間では悪い場合にしか使われず、ひいては他者を非難する場合や
目上が目下をこき下ろすような場面でしかなく、その点で
「不適切」「不健全」な使われ方・・ということになる。

なので、当人が何某かの好結果をもたらした時も
「それは貴方の自業自得だね、素晴らしい」と使われるのが正しいのであり。

とすれば、安田氏が述べた自業自得のニュアンスは、外形的に観ても
「誤った言葉の認識を持った世間に対する」自虐的な内容であり、
その点では本来わざわざ言わない方がよかったと言えるが、その当人もまた
おそらくは正しく理解されてはいないのだろうと思える。
まぁ、その意味では彼もまた「世間の誤解釈に染まった一人・・」とも言えるが・・

そんでもって、事前に表していたことに加えて、明確にこの度の結果を
受け入れたんだから、この時点で「自己責任は取った」のであり。
なので取り立てて大きな問題はない。

そこで重要となるだろうことは、責任を「取り切れたかどうか」。
こんなもの、はっきり言って「明確な指針」なんぞがない以上、
あるいは第三者世間に明確な「損失」を被っていない以上、他者一般世間が
求めることは極めて不健全。

「取り切る」とすれば、一般的教義〜概念にある「この結果を今後に活かすこと」。
活かし方は様々あり、取り立てて一つに特化することは出来ず、
当人が考え実践していくのみ。内容や結果は周辺が評価すればいいのであって、
世間が裁判官のごとく踏み込むべきではない。何より、そんなことをすれば
法治国家由来にある「民主国家の有り体」を大きくぶち壊すからだ。

したがって、今後に活かすことを念頭に考え抜いた暁に、いつか再度紛争地域への
取材を行い、よりよい仕事を追い求めたいとするならば、それも十分ありなこと。
というより「職業人」であるならば、第一義的には「仕事で返す」のが
“王道”なんだから。

その時、いい取材が出来たなら「自業自得、素晴らしい」としなきゃならない。。

安田さん会見「おわびと感謝」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5358771
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