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2018年08月01日17:53

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“人間要素”に欠ける高度システムの脆弱性。

その昔、米農家だった祖母の家に、繁忙期は家族共々同居状態にあって・・。

茶の間には、今で言う「ブックシェルフスピーカー」と同じ程のものがあり。
サランネットが貼ってあるし、どっからどう観てもスピーカーなのだが、
集音マイク機能が備わっており、いわゆる“ハンズフリーフォン”のようなもので、
それを指して皆は「有線」という俗称で呼んでいた。

これ、基本的に地域の農協から各組合員に色んな連絡をダイレクトに取る手段で、
あくまでも発信は農協側からのみで、こちらからは発信することが不可能。

記憶では大抵夕方6時半頃から7時までの間、夕食時に組合員家族が
集っているだろう時間帯を見計らい、収穫期の一番天敵である「霜予報」に関し、
「◯◯さ〜ん、今晩霜降りる恐れあるよー。タイヤ燃やす準備できてるかーい?」とか、「◯◯の書類提出期限、今週末までなので早く出してくださいねー」
等の連絡用で、その時だけこちらから喋ると農協側と話が出来るという、
簡易型電話のようで、電話が未だ普及しきってない時代のもの、って感じ。
当然、大雨や冬場の豪雪時なんかも防災無線のような働きをしてた記憶がある。

幼少時の当時「凄い技術だなー」と思っていたが、あれからン十年、
そんなどころじゃない領域まで到達。明らかに今の方が機能的だし正確性も増した。
にもかかわらず。一方ではこうしたトラブルがあとを絶たず、
あるいは被害が中々思うように減少しない現実を垣間見るに・・

どんなに高度な技術があったとしても、人と人とのリアルな連携やコミュニケーション、
それらが中心にあって、何時でも相互補完されるような状態にあることが
やはり最も肝要だろうと改めて思う所。

というよりも。技術が高度化したり複雑化すればするほど、いざという時
案外それが仇になる・・ハードが高機能であるほど華奢で、ソフトにあたる、
それを駆使する人間が、危機の極限時にパニックを起こしたり、
システムがどういう状態にあるのかが把握出来なくなるなど、
「高度化がもたらす脆弱性」という、ありがちな状態を具現化してしまう。

この辺思うのは、プランの構築にせよ、システムの設計や構築にせよ、
基本的に「地域外/首都圏」に生きる者が施している・・
そこに隠れた問題性が潜んでいるんじゃないか、という気がする。

独特の天候や地理的要件だとかもそうだけど、一番は
「用いる/用いられる人間の特性」。これを設計者が実はちゃんと把握出来ていない・・
デフォルトで使用、稼働する限りは期待値が高いものの、
対象の人間がデフォルトであるとは限らない。

というか、たとえデフォルトであろうとも、緊急時にはデフォじゃなくなる・・
という最も根源的な「ヒューマンファクター」の要素というのが、
この手の設計概念には希薄なように思えてならない。

あるいは、地方僻地ともなれば、住民はおろか行政職員でさえ機敏性に欠ける、
または少ない人数で相当に幅のある業務をこなしてる関係上、
あれもこれも習得することが限界にある。だからこその「自動化」であったり、
技術補完であったりするのだが、システムそのものは補完要素のボリュームが増す分、
色んな側面で“パンク”する危険性を孕んだままにある・・ということを、
当の設計者も使用者も気が付かないでいる気がしてならず。

そう考えれば考えるほど、緊急を前提に作られるものほど極限までシンプル化し、
かつ「ヒューマンファクター」をあえてシステムの中心に置き、
どんな適性であっても使いこなせて、受け手も同じように明確さを持って伝わる
「人間味のある」代物じゃないと、こういうトラブルは今後も減らないんじゃないか。。

豪雨、広島で緊急速報配信遅れ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5225464
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