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2018年05月28日14:18

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正しさより“損得”を優先することにシフトした社会、その結果がこれ。

「欲しいと思う者がいるから売る。これが市場経済」・・
概念や観念にある、一部を切り貼り(いいとこ取り)し、
奥底に在る倫理や通念等を取っ払ったこの論理性・・。

「経済至上主義」や「市場原理主義」なる概念を推し進めてきた結果が
この有り様だということ。

一体いつからこんな様相に世の中が変化したのか・・。
よ〜く目を凝らして観ると、戦後の混乱期はまさしく倫理も通念も通らぬほど
荒廃していたのが日本。戦争という悲劇が全てを崩壊させたんであり。
その後時間をかけて、近代社会の成り立ちを前提にして幾つもの社会規範を構成し
積み上げて来た。

それらを急速に瓦解させたのは、バブル崩壊をきっかけにしての、
“日本の切り売り化”が始まって以来。日本型の社会通念や規範が、市場経済論理を
推し進めるにあたって最も障害になる・・という思考。
そして他方に在った“勝者・敗者”の概念性や“弱肉強食”の論理。
これらが融合した結果、「自己中心主義」と「損得勘定」が歪な格好で肥大化した。

何でもビジネス概念をとめどなく推し進めれば、やがてどういう格好に至るのか・・。
その想像力がないのは、まさに社会倫理とか人間教育を蔑ろにした結果。
とはいえ、実際には“風が吹けば桶屋が・・”の現実性はあり、そこに矛盾が生ずる。
その矛盾をいかに薄め、妥当性のある所に導くかが倫理教育。

この件になぞらえれば・・。「慈しみの心」を基底にした通念。
宗教論理とか何とか、別段そんな高層なものまで持ち出すまでもなく、
人間の死に伴う“社会儀礼”と、そこにある「暗黙のルール=規範性」。
これらは、生身の人間が構築する“人間社会”にあって、感情要素を中心に持つ
人間という動物による共生社会を円滑にする「潤滑剤」であり。
その潤滑剤を抜き去れば、エンジンは焼け付く。

この重要性をすっ飛ばし、おかしな経済論理なんぞをぶち込むからこそ、
元来の「慈しみの心」や倫理性を損なわせ、先にあった葬儀業者による
“買い物袋の一件”なんかが起こり、そしてこの度の一件が表出してくるわけで・・。

大体ね。こうやってオークションなんかに出す者ってのは、
そもそも対面的な売買なんぞ出来る資質・・いや、勇気自体がない。
“手軽さ”や“利便性”という表向きの理由の影に身を隠す「チンケな輩」。
そのチンケさに「市場経済主義」やらの“屁理屈”を塗ったくった結果がこのありさま。

これ、オークションという素材に関連して言えば、例の「チケット高額転売」と
構造・背景らが全く一緒。コンサートという「共生社会の場」にあるべき規範と、
その上にあるからこそ一体化出来るという“人間社会の文化的規範性”を
真っ向から否定しぶち壊す思考。

自分が得をすればいい、利益が全てだ・・
こんなことを抜かしてる者は、大抵「広範な人間社会」の中では弾かれてる場合が多い。
そりゃそうだろう。多種多様な人間社会にあって、自己中心思考はまっさきに
弾かれていくわけだから。

でもって・・。こういう世の中に変質させた大元なのが「政治行政」。
言わずもがな、「市場原理主義」を加速度的に進めて来た、
小泉純一郎以後の日本政治。このしわ寄せが今の“社会規範の薄い個人社会”。
竹中平蔵やら高橋洋一やら、こやつらのロジックこそ「生き難い社会」の元凶。

これを黙認しながら、許容しながら、一方ではこの件で「人として」とか
「いい死に方をしない」と唱えることが、如何に虚しいことなのかよく考えた方がいい。

元来的な人間社会を考える時、あからさまな損得勘定では理想的に回らない・・
人としての正しさ、社会的な正しさ・・永劫的に変わらない、変わるべきじゃない
共生社会の通念を、何よりも早急に「取り戻す」方が遥かに重要だろうさね、
安倍晋三君よ・・。

西城秀樹さんの葬儀配布品がヤフオクに
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=5129463
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